不思議の国の軟体鉱物

2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part1

 前→第3章「再会」 Part9

 アリスとローエングリンの再会、その3日後の夕方。奈々子がアリスの部屋を訪れた。
「どう、ホンシアとは会えた?」
 奈々子は部屋に上がるなり冷蔵庫を開け、缶ジュースを取り出す。
「あっ、それはダメ。それは私が飲もうと思っていた物なのよ」
 アリスが止めるのも聞かず、奈々子は缶ジュースを開け、飲み始めた。
「私から給料貰っているのも同然でしょ。だから、これくらいは許してよ」
「むぅ……」
 かわいい。奈々子は不満そうなアリスを見てそう思った。
 この愛嬌もデザインされたものなのだろうか。だとしたら、『構造体』の技術は美容整形にも応用出来るかも知れない。人間のイメージから人間そっくりの存在を作れるのなら、人々のニーズに合わせた顔を作ることも可能なはず。
 『構造体』は単なる魔力の発生源ではなく、それを含めた先進科学によって構成された、まさに『構造体』なのだ。それを支配出来たならば、もしかしたら世界を支配することすら可能なのでは無いか。
 その考えを、奈々子は馬鹿馬鹿しいと思った。
 可愛らしい馬鹿面から、世界征服?
 論理の飛躍にも程がある。
「それで、今日は何しに来たのかしら」
 ベッドの上にちょこんと座り、アリスが言った。見た感じでは淑やかに見えるが、広がったロングスカートの中で胡坐をかいているのが奈那子には分かった。
「言ったでしょ、ホンシアとは会えたか、って」
 アリスの表情が変化したのを、奈々子は見逃さなかった。何かがあったのは間違いないようだ。
「どうなの?」
 アリスが何かを迷っている。あまりにも顔に出すぎているので、奈々子は少し面白いと感じてしまった。
「えっと……」
 結局、アリスの答えは――
「会えなかった……まだ会ってないわ」
 予想通りの答えではあった。東京の空で特定の魔導士と偶然、再会する。3日という日数では、それが実現する可能性はかなり低い。しかし、アリスの顔色はそれを否定していた。
「ふーん……まぁ、3日で会えるとは思っちゃいないけど」
「……ごめんなさい」
 何故か謝るアリス。
「どうして謝るの。たった3日しか経ってないんだから、会えなくて当然」
「うん……そうね、そうよね。ふふふ」
 誤魔化すような、怪しげな笑い。
「今日はどうしたの、アリス。いつもと様子が違うみたいだけど」
「そ、そんなこと無いわっ!」
 アリスが大声で否定する。奈々子は思った。
 この子、馬鹿だ。
「そうね、気のせいだよね」
「え、ええ。気のせいよ、気のせい。気のせい」
 面白い……
 アリスの反応に悪戯心が刺激された奈々子は、さらなる意地悪を仕掛けることにした。
「ところでアリス、日本には面白い習慣があって、人が嘘を吐いたらその人の舌を引っ張らないといけないの」
 アリスがびくっ、と全身で反応した。
「それでね、もしその人が嘘を隠すためにさらに嘘を吐いていたら、今度はその舌を切り落とさないといけないんだよね」
 奈々子が不気味な笑みを浮かべてそう言うと、アリスの顔色がさーっと青くなった。
「ねぇ、アリス。正直に答えてくれるかなぁ……」
 笑みはそのままに、ゆっくりとアリスの顔に詰め寄る奈々子。泣きそうな顔をしながら、アリスが後ずさる。
「ホンシアと……会ったの?」
 見開いた眼で、奈々子は見つめた。
「それとも会わなかったの、どっちなの?」
 その表情に圧倒されたのか、何も言わず、ふるふると微かに首を横に振るアリス。
 奈々子は思った。いじめ甲斐がある、と。しかし、これ以上は流石に可哀相だと考え、奈々子は大きな声で締めの一喝を発した。
「ハッキリしなさい、どっち!!」
「ごめんなさい!!」
 頭を下げて謝ったアリス。その額が奈々子の額と激突する。猛烈な痛みに奈々子は額を押さえ、呻きながら床を転げまわった。
「だ、大丈夫……?」
 心配そうに見つめるアリス。体を丸めながら、奈々子はアリスの肉体が凶器であることを改めて実感する。

 次→「紅霞の向こう」 Part2

スポンサーサイト

『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part2

 前→「紅霞の向こう」 Part1

「痛た……どうにか生きてるけど、脳震盪くらい起こしたかも」
 ゆっくりと起き上がり、うな垂れるようにベッドに腰掛ける奈々子。
「ご、ごめんなさい……」
 完全に萎縮してしまった様子のアリス。奈々子はかぶりを振った。
「気にしないで。それより、さっきの『ごめんなさい』の意味を教えて欲しいんだけど」
「それは……」
 やはり言い辛そうなアリスに、奈々子は優しく言う。
「怒らないから。約束する」
 その言葉で僅かに気が楽になったのか、アリスは小さく頷いた後、ゆっくりと口を開いた。
「ホンシアに……会えたんだけど……」
「だけど?」
「えっと…………逃げられちゃった……わ?」
 何故かアリスは、疑問形のように語尾を上げた。まるで「これでいいのかしら?」と尋ねるように。
 これも嘘なのだろうか。奈々子にはそんな予感がした。
「そう、逃げられちゃったの」
「ええ……」
 アリスはまだ居心地の悪そうな顔をしている。
「大丈夫、怒らないって言ったでしょ。まぁ、奇襲作戦にしては単純すぎたし、相手に読まれたら失敗しちゃってもしょうがないね」
 だが、失敗したのならアリスが無傷でいるのは何故なのか。そして、その事を今まで報告しなかったのは何故なのか。
 まだ何かを隠していると、奈々子は察した。
「ホンシアと何か話した?」
「ええ。えっと……世間話をしたわ」
「世間話……それだけ?」
「……ええ、それだけだわ」
「そう……」
 追及を続けたら白状するだろうか。奈々子は無理矢理にでも真実を語らせるべきかを考え、その選択を破棄した。
 何か、事情があるのかもしれない。だとしたらそれを考慮しない強引な追及は避け、少し話題を変えることで言葉を誘導する方が良い。
 そう考えた奈々子はアリスの隠し事を引き出すため、自身の推測を話すことにした。
「何にしても、無事で良かったわ。この件、腑に落ちないことが多すぎるから」
「腑に落ちないこと?」
 アリスの眼が興味有りげに揺らめいた。
「そう。特にホンシアの暗殺をテレビで報道していないことと、ホンシアの捕獲任務を私と貴女の2人だけに任せていること。この2つがどうしても理解できないの」
「あっ、そういえばテレビで見たこと無いわ。ホンシアの事件のこと」
「そうでしょ。ということは、狙撃事件は隠したい、って事だと思うのよね」
「隠したい?」
「そう。公にしないことで何かを企んでいるのかもしれない」
 疑問符を浮かべているかのように、アリスが難しげな顔をした。
「企むって、誰が何を企んでいるのかしら?」
「これは私の推測なんだけどね……多分、ホンシアの裏にいる人間は、それなりに影響力のある人間なんだと思う。それで報道を規制させてる」
「そんなに凄い人が、ローエ……ホンシアに命令をしているの?」
 アリスが思わず「ローエ……」という人名を口にしそうになったのを、奈々子は聞き逃さなかった。
「そして、その人物は貴女とホンシア、もしくは他の誰かを会わせようとした」
「私と……ローエングリンを……?」
 奈々子は的を射たりといった風に微笑を浮かべる。
「ローエングリンって、誰?」
 アリスがしまった、という顔をして両手で口を押さえた。だが、もう遅い。
 アリスは、ホンシアとは別に何者かに会ったのだ。それも恐らく、アリスと旧知の中であろう、誰かと。奈々子はそれを確信した。
 ローエングリン。有名なオペラの名前。アリスと同じく多くの人々に知られる作品から取られた名前を持つ、何者か。その正体がアリスと同じ大シンボル、『構造体』の住人であることが、奈々子には容易に想像できた。
 アリスが真実を話したがらなかった理由もそれで察しがつく。アリスがホンシア捕獲に失敗したのは、そのローエングリンなる人物がいたからだろう。旧知の仲であるその大シンボルが、何かしらの事情でホンシアと共にいる。敵に随伴する知人に、アリスは複雑な感情を抱いたはず。その気持ちの整理が済んだかどうかも怪しい。
 だから、言わなかった。いや、言えなかったのだ。
 アリスが隠そうとした事柄に関して、奈々子はそのような推察をした。「ローエングリン」なる人物との間に何があったのか、細かいことまでは分からないまでも。
 人物――そう言うべきでは無いのかもしれないと、奈々子は思った。人間ではなく、アリスと同じく人間の想念から作られた者なのだから。
 人外の存在、大シンボル。それを使役し、報道、警察組織を動かせる程の大物。
 超常の者と、暗殺者と、自身の影響力を用いて。さらに、アリスまで引き入れようと画策して。仕組んだその先にある目的は、何か。
 奈々子は感じつつあった。事件を通じて言い知れぬ流れに巻き込まれてしまったことを。
 アリスと共に、その渦中へと。

 次→「紅霞の向こう」 Part3

『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part3

 前→「紅霞の向こう」 Part2

 扉の閉まる音と共に、アリスは肩の力を抜いた。
 ついローエングリンの名前を口に出してしまった時、嘘を吐いた事を怒られ、さらには根掘り葉掘り質問攻めに遭うとアリスは思った。だが結局、奈々子は何も聞かなかった。アリスがはぐらかしていると、優しげなため息を吐き、「言いたく無いなら、別にいい」と言い、それ以上の追及をしなかった。
 1人になったアリスはベッドの上に仰向けに寝転がり、気を使ってくれたのかしら、と何となく思う。
 ローエングリンのことは正直、まだ整理が出来ていなかった。アリスはこの3日間、ローエングリンの動機を考えていた。もしホンシアの言うとおり、ローエングリンの行動が『女王』の命令で無いとしたら、何かしら重大な目的があるはずである。だが、2人の人間を殺すことと繋がるような何かに、アリスは思い当たることが出来なかった。
 理解出来ない。そのもどかしさは、自分とローエングリンとの関係も考えさせた。
 今の私にとって、ローエングリンとは何なのかしら。友人、師弟、それとも過去の存在、別の何かかしら。
 アリスは自問自答するも、その答えはやはり、出なかった。
 以前と今で、ローエングリンに対する印象は変わった。でも、どう変わったのかが言い表せない。だからアリスは何一つ整理することが出来なかった。もし奈々子に聞かれたとしても、答えられなかっただろう。自分とローエングリンとの間にある、言葉にしがたい溝。一体どうすれば、それを埋められると言うのか。
 アリスの脳裏にふと、もう1人の存在が思い浮かんだ。ローエングリンと共にいた、ホンシアの姿が。
 たとえローエングリンともう一度会えたとしても、彼は本心を語らないだろう。しかし、ホンシアなら何かを知っているだろうし、話してもくれるはず。会って話すべきなのはローエングリンでは無くて、ホンシアなのだ。
 それに気付いたアリスは起き上がり、時計を見る。時間は夜7時を少し過ぎた辺り。
 3日間、夜中に空を飛び回ってローエングリンを探したが、結局一度として見つけることが出来なかった。それでも、今日は待っているかもしれない。ローエングリンでは無く、あの場所で、あのホンシアが。最初に出会った時と同じように、2度目に会った時と同じように。
 何もしないよりは、少しでも動いた方が良いに決まっているわ。
 アリスはベッドから降りて、玄関に向かう。
 そうだ、その前に何か食べなくちゃ。お腹が空いていては、何も出来ないわ。
 心の中でそう呟きながら。

 次→「紅霞の向こう」 Part4

『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part4

 前→「紅霞の向こう」 Part3

 ノックが4回、大きなドアから響く。
「失礼致します」
 両開きのドアが開き、書類を抱えた女性が部屋に入って来る。手を触れずにドアを開けたその姿を見て、机に向かっていたもう1人の女性が言った。
「やはり、物を持って入るには不便なようだな」
「そんなことはありません。少なくとも、私たちには」
 2人の女性は共に20代に見えた。書類を持っている方の女性は細く美しい脚を持ち、机に向かっている方の女性は長く艶やかな金髪を持っていた。
 美しい脚の女性は艶やかな髪の女性の前に書類を置く。
「調査しておりました、例の狙撃事件に関する報告をお持ちしました」
 艶やかな髪の女性は無言でそれを手に取り、一瞥する。
「2名とも我が社、いや、私のと言うべきか。私直属の魔導士であった。そして、周紅霞なる狙撃手がそれを殺害した。それは良い。問題はそれでは無い」
 穏やかな、しかし潜在的に威圧感が感じられる声で、艶やかな髪の女性はそう言った。
「報告はこれだけか、カレン」
 美しい脚の女性――カレンと呼ばれた女性は、おずおずと言葉を紡ぎ出す。
「まだ……未確定な情報なのですが、我々以外に日本の警察に介入している者がいるようなのです」
「我々……以外にか」
 女性は不敵な笑みを浮かべた。それはまるで、獲物を捉えたかように。
「恐らく、それがホンシアを雇った者達だろう。何者か見当は付いているか?」
「いえ、それはまだ……申し訳ありません」
 カレンは小さく頭を下げた。艶やかな髪の女性は笑みを浮かべたまま、机に両肘を突き、手を組む。
「重要なのは、カレン。何処から情報が漏れたかだ。魔導士に関する情報は、匿秘情報の中でも特に機密性の高い物だ。殺された2名も、我が社との関係が分からぬように注意を払っていた。だというのに、だ」
「……」
「彼らは殺された。何故だ。彼ら2人は、お互いに何の関連性も無い。私の下にいる魔導士であるということ以外はな。その2人が、同一の人間、同一の団体の手によって殺害されたのだ。それはつまり、我々の情報が漏れているということ、そして――」
 女性は組んだ手を解き、目の前に立つカレンに微笑みつつ、言った。
「我々に対する、挑戦なのだ」
 女性は椅子から立ち上がり、机の後ろで夜景を見せている巨大な窓へと歩き出した。壁には絵画が飾られ、部屋の各所に骨董品を思わせるインテリアが置かれたこの部屋の中において、その大窓は異質だった。他の物品には存在する、物質としての立体感が喪失していたのだ。
 それもその筈だった。女性がその窓に触れると窓越しの夜景が消え、幾つもの顔写真がそこに映し出される。それは窓などではなく、巨大な液晶スクリーンだった。
「これは……?」
 尋ねるようなカレンの呟きに、女性は振り向いて答えた。
「2人を狙撃したのは、挑発であろう。真の目的は、やはり私の暗殺だ」
「そんな……」
「今までだって何度もあっただろう。君達や多くの優秀な者達の助けもあり、私は今も生きている。そして、今回の件の首謀者は正攻法による暗殺は難しいと考えた者だと、私は睨んでいる」
 女性の言葉に、カレンは首を傾げた。
「それと2名の殺害、どのような関係が」
「1つ。情報が漏れているということを明示する。2つ。私の興味を煽る。それが、2人を狙撃した理由だ」
「何故、そのようにお考えに?」
 女性はふふっ、と笑った。
「この事件に、私が興味を持っているからに他ならない」
「……それはつまりCEO、貴女がこの件に興味を持ったのは犯人の計画通りだと、そう仰っているのですか」
「その通りだ。見事に私は、敵の術中に捕らわれたのだよ」
 CEOと呼ばれた女性は、何故か嬉しそうに言った。
「私には分かりません。どうして貴女の興味を惹き付ける必要があるのです?」
「敵はだね、カレン。私の心理を理解しているようだ。機密情報の漏洩。そして世界でも数少ない、魔力を持った狙撃手による挑発。心が騒ぐのだよ、踊るのだよ、カレン」
 CEOは両腕を広げ、歓喜しているかのように笑みを浮かべた。
「敵は私が無視できないのを知っている。敵が叩き付けた挑戦状を、私が無視できないことを。相手は私の上を行こうとしている。魔導士で以って、私の魔導士を殺す。魔導士の運用において、私を越えようとしているのだ。嬉しいじゃないか、楽しいじゃないか、素晴らしいじゃないか。そして、それを黙って見過ごす訳には行かない。そうだろう、カレン」
 カレンは呆れたかのように首を振った。
「お言葉ですが、決め付けるべきでは無いと思われます。2名の殺害に最も適した人物として、純粋にホンシアが選ばれた可能性も充分にあります」
「カレン、分からないのか。魔導士に関する機密情報は、そうそう漏れるものでは無い。最も考えられるのは、内部からの密告者、獅子身中の虫、裏切り者の存在だ」
「まさか……!」
 その言葉に、カレンは絶句した。
「考えられません。そのような事をすればどうなるか、分かっているはずです。死を覚悟してまで、情報を漏らすような者がいるとは……」
「情報を漏らしたのではない。裏切り者は、敵に全面的な協力を行っているのだ。死を覚悟してでも、殺すつもりなのだ、私を、この私を、だ」
「信じられません……何故そのようなことを」
「それは聞いてみないと分からない。その事も興味深く思っているよ、私は」
 CEOは机の前まで歩き、再び椅子に腰掛けた。
「このスクリーンの写真は……機密情報にアクセス出来る者、つまり裏切り者の候補なのですね。だから、私の写真まで入っている」
「君が裏切り者だとは思っていないが、その通りだ。この中の誰かが、私に殺意を抱いている」
 カレンはスクリーンに映された写真を1枚1枚確かめるように見る。その枚数は30枚強。
「恐らく、事件の真相はこうだ。裏切り者は、何らかの理由で私を殺そうと考えた。しかし、協力者がいなければ事が簡単に行くはずは無い。だから警察に介入が出来るほどの力を持った協力者、パトロンを見つけ、その力を借りて魔導士の狙撃手を用意し、私の部下2人を殺害。私を挑発して、おびき寄せようとしている。それが、私の予想だ」
「可能性は考えられますが……ですがやはり、決め付けるのは早計かと……」
「想像するだけなら自由だよ、カレン。決め付けているわけではない。ただ、そんな気がするだけだ」
 先ほどまでの高揚にも関わらずそう言ってのけるCEOに、カレンはしばし沈黙した。その後、小さくため息を吐く。
「とにかく、この件に関してはもう少し調査した後、再度報告させて頂きます。それまでどうか、勝手な行動はなさらないで下さい」
「分かっているとも。この夜空の下で撃たれる危険性は否定できないからな」
 カレンは無言で扉の方を向き、足早に部屋を出て行こうとする。その後姿に、CEOが声をかける。
「カレン、私が日本に到着した日の夜に最初の狙撃事件が起こった。そして私は、安全のためにここを動くことが出来ない。これも相手の思惑だとしたら、別の手を打って来るかも知れない」
 カレンは振り返る。CEOはカレンの眼を見つめ、ニコリと微笑んだ。
「電子メール等にも目を配らせておいて欲しい。何らかのメッセージが送られてきているかも知れない」
「……分かりました」
 深々とお辞儀をするカレン。そしてCEOは言った。
「以上だ、女王」

 次→「紅霞の向こう」 Part5

『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part5

 前→「紅霞の向こう」 Part4

 最後に奈々子と会った日から2日。ローエングリンと再会した日から5日。
 その間アリスは毎夜、マンションの屋上から空へと飛び立っていた。『不思議の国のアリス』を模した正装、あのエプロンドレスをまとって。バールのようなものを持って。
 屋上まで向かう途中、日によってはマンションの他の住人と会い、「こんばんは」と挨拶することもあった。相手の多くは軽く会釈を返してくれるものの、奇異の目で見ているのは明らかだった。もっとも、アリス自身はそれに気付いてはいなかったが。
 今宵に関しては、アリスは屋上に着くまで誰とも会わなかった。
 屋上に着くまでは。

 いつもと同じ屋上では無かった。
 見慣れない人影が視線の先、屋上の手すりに座っていた。アリスが目を凝らすと、銀色の短髪に明かりが反射し、揺れた。
 この数日間、探し続けていた相手。ホンシアが、そこにいた。
「や」
 ホンシアが片手を上げて挨拶をした。思いがけない再会と態度に、アリスは戸惑ってしまう。
「えっと、ホンシア……かしら?」
 思わず、確認の言葉を口にしていた。ホンシアはニコリと笑って、「そうだよ」と答えた。
 アリスは警戒しつつも、ゆっくりとホンシアへと歩み寄った。歩を進めながら、何を話そうか、何から聞けばいいか、そんな事を考えつつ。
 手すりに座るホンシアから3歩程離れた位置まで歩いて、そこでアリスは足を止めた。ローエングリンの事、ホンシアがここにいる理由。いくつもの想念がアリスの中で渦を成していた。
 春の風が頬に吹き付ける中、お互いがお互いを静かに見つめる。
 ホンシアが何を思っているのか、アリスには分かるはずも無かった。だが、5日前に差し伸べられた優しさを、彼女は信じたかった。今日この場所に来たのも、決して戦うためじゃない。そう、信じたかった。
 だからアリスは、右手に握られたバールのようなものを振るわないと決めた。約束だから、先制攻撃は絶対にしないと。
 沈黙の時間を破り、ホンシアが口を開いた。
「今、私をそのバールでぶっ叩ける大チャンスなんだけど」
 アリスは返答する。
「約束だからしないわ。それに、バールじゃないわ。『バールのようなもの』よ」
 軽く口元を緩ませるホンシア。
「逆に、私が先手を撃つって思わない?」
「私、貴女がそういう人じゃ無いって思っているもの」
 それを聞いたホンシアは何も言わず、アリスの顔をまじまじと見つめた。
 そして、小さく笑った。
「そんなに信用されると、逆に困るなぁ。でも、うん。そうだね。嬉しい。ちょっぴし、嬉しい」
 ホンシアの優しげな笑顔につられ、アリスも微笑んでしまう。
「今日はちょっと話したくて来たんだ。だから立ってないで、横に座ったら」
 右手で手すりをポンポンと叩き、ホンシアはアリスを招く。その誘いに乗り、アリスはホンシアの右隣に座った。
「それで、話って何かしら」
「話と言うか、そっちが何か聞きたいと思って。ローエングリンの事とか、気になるんでしょ」
 ローエングリン。アリスが一番聞きたかったことを、ホンシアは一番最初に挙げた。
「私が話せることなら、話すけど。その代わり、そっちが話せることも話して」
「私が話せること?」
「ローエングリンがどんな人なのか。私より付き合い長いんでしょ」
 その言葉からアリスは察した。ローエングリンが、ホンシアに対しても多くを語っていないことを。
「付き合いは長いかも知れないけれど、私にはもう、何が何だか分からないわ」
「それをハッキリさせるためにも、ね」
 アリスの左手を、ホンシアの両手が包み込んだ。自身の手が武器を持たないことを強調するかのように、暖かく、優しく。
「うん……そうね、そうしましょ」
 その温もりに、アリスは頷いていた。
「良かった。それじゃあ、どこから話す?」
 笑みながら首を傾げ、ホンシアが尋ねた。

 次→「紅霞の向こう」 Part6

 | HOME |  »

FC2Ad

 

『Respective Tribute』

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

kuroron

Author:kuroron
黒髪ロングストレート好きの20代メンヘラです

目撃者数

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。