不思議の国の軟体鉱物

2017-05

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短編『乙女と恋と残酷と』

一体、今回で何回目だろうか。
8月5日、午前8時57分、起床。
約6時間後に、彼は死ぬ。
前回は、私が呼び止めたせいで車に轢かれた。
前々回は、私が呼び止めなかったから、車に轢かれた。
その前も、その前も、その何回も前も。何度も彼は、死んだ。
その度に、私は願った。
夢であって、くださいと。

そして、気が付くと8月5日の朝に戻っている。

目覚まし時計を止め、もう100回は迎えたであろう朝と出会う。
今回も、彼は死ぬのだろうか。
もしそうなら、今回も夢であって欲しい。
どうか、彼が生きる明日を。
どうか、彼と生きる明日を。
お願いします、お願いします。
どうか……
……神様。

午後1時。彼と会う。
彼は2時間後、車に轢かれて死ぬ。
それが、運命なのかもしれない。
だけど、私はそれを避けようと願った。
夢であって欲しいと、何度も願った。
その願いが何度打ち砕かれようと、私はそれを願い、そして朝を迎えた。
絶対に諦めたくなかった。
たとえ、何度目の前で彼が死のうとも、決して受け入れたく無かった。
絶対に、絶対に諦めない。
そう、固く決意していた。

ふと、彼の顔を見る。
何かに、疲れた表情。
前回も、その前にも、彼はどこか疲れているようだった。
それが気になって、私は聞いた。

「どうしたの? 何か疲れてるみたいだけど」
「あー……いや、ちょっと変な夢見ちゃって」
「変な夢?」
「うん。なんか、車に轢かれる夢でさ。そんで、すんげぇ痛いの。
すげぇリアルで、マジで死ぬかと思った」
「…………」
「で、痛くて目を覚ましたらさ、また車に轢かれて。それが何回も繰り返されてさぁ」
「…………」
「もう、こんな痛い思いするくらいなら死んだ方が良いや、とか思ったよ。マジで」
「…………」
「ん? どうかしたん?」
「…………ううん。なんでもない」


その日の午後3時過ぎ、彼は死んだ。
車に轢かれて、死んだ。
だけど私はもう、それが夢である事を願わなかった。
それを受け入れない限り、彼は何度も死の痛みを感じ、
私は何度も死の悲しみを感じる。
きっとそれが、現実から目を背けた私への、罰。
だから私は、受け入れる。
悲しみも、何もかも。

彼のいる明日は来ない。
でもそれは、決して残酷なことではない。
本当に残酷なのは、彼を何度も殺してしまった、私自身。
自分の弱さに気付けずに、何度も、何度も殺してしまった。
謝る事は出来ない。償うことも出来ない。
私は、ずっとそれを背負って、生きていくんだ。

もう何もかも、夢にはならなかった。
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うつのいる風景

心象。
広い海の真ん中で、私はぷかぷかと浮いている。
日差しは柔らかく、波は穏やかで、何も無い。
寝転がれば、終われるだろう。だが、それも虚しい。
だから、ただ浮いたまま過ごす。
何も無く、何事も無く。

心を躍らせるような物が何処にも無い私は、鏡を見る。
腐ったような顔面の中で、瞳だけが卑しく光る。
だが、その瞳を案外、私は気に入っている。
生きようと思えば、他人をいくらでも殴り倒せる目だ。
ケダモノのような、禍々しい目。
生気の無い顔の中で唯一、そこに命が見えた。

夏の蒸し暑さの中、布団の上で伏せる。
他に何かやることは、あるか。
何も、思いつかない。
扇風機が無機質な風を送り、外からは蟲の声が聞こえる。
まるで、死んでいるかのような自分。
心象。
海の上の私。
さほど、変わらず。
死んでいない、だが生きているのかは不明。
音楽を聴く。
蘇らず。
そのまま、意識を失う。

夢の中で、過去を見る。
なにかを、恐れる。
虚脱感。
目が覚める。

虚ろに起き上がり、淡々と食物を口に入れる。
体の重さは、何処から来ているのだろうか。
落ち着かず、しかし、動けず。
機械的な作業のように食事すら済ませ、再び布団に沈む。

心象。
広い海の真ん中で、私はぷかぷかと浮いている。
日差しは柔らかく、波は穏やかで、何も無い。
寝転がれば、終われるだろう。だが、それも虚しい。
だから、ただ浮いたまま過ごす。
いつか、風が吹くまで。

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『Respective Tribute』

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