不思議の国の軟体鉱物

2017-06

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『Respective Tribute』 第1章「魔力少女」 Part1

 地上200mにも人はいる。たとえ日付の変わる直前でも。
 少女はいた。ビルの屋上で、その端っこに座りながら。両脚を宙に浮かせて。
 少女からコンクリートの地面までは約200m。それなのに少女は怖がる様子も無く、見渡すように夜景の街と夜空を眺めていた。
 もしほんの少しでも体を前に倒したならば肉塊どころか肉片になって、いまだ駆除されていないカラスの餌になってしまうだろうに。
 でも、そんなことは少女にだって分かっていた。それに夜空を見上げるのにも飽きていた。
 だから、降りた。前に向かって。

 落下はしない。
 少女の体は屋上の1m下で停止していた。体を地面と平行にして、両足の裏はビルの壁面にぴったりとくっ付けて。
 重力に逆らって、少女は真下を見た。車のライト、建物の明かり、人の影。人間の街は色んな物が動いていて楽しいと、少女はいつもそう思っていた。その単純な理由だけで彼女は夜毎、自殺に酷似した行動を取っているのだ。
 少女は顔を上げ、見飽きた夜空を見る。そして、水泳選手のように両足で思いっきり壁面を蹴った。
 夜空に彼女が浮かんだ。
 体重×9.81ニュートンを僅かに越える力と、風でスカートがめくり上がらないようにするための力、それと髪が乱れないようにする力、その他にもいくつかの力。それらの力学で以って、少女は可憐に遊泳していた。
 
 少女の名前はアリス。苗字は無い。見た目は名前の通り。
 西暦は2045年だった。

 『Respective Tribute』

 翌日の午後、少女は納得行かないと言った顔で本を読んでいた。
 東京都内のある喫茶店、アリスは窓際の席に座っている。ミルクと砂糖を苦味が無くなるまで入れたコーヒーをすすりながら、アリスは独りで『不思議の国のアリス』を読んでいた。
 彼女の背後でチリンチリンとベルが響き、客が1人増える。その客はアリスのいるテーブルの前まで来て、そしてアリスの向かい側に座った。
「おまたせ。早かったわね」
 その女性客は紺色の女性用スーツを着ていて、ワンピースの上にフリル・カーディガンを着たアリスとは対照的にも見える。いかにも仕事の出来そうな、20代後半くらいの女性であった。
「やることが無いからよ」
 アリスの声には不満そうな響きが混じっていた。
「遅れたわけじゃないんだから、怒らないでよ」
「奈々子に怒ってるんじゃないわ」
「それじゃあ何が気に入らないの? あっ、コーヒー1つ、ブラックで」
 奈々子と呼ばれたその女性はアリスに尋ねると共に、店員に注文を言った。
「この本の挿絵」
 そう言ってアリスは本の挿絵を奈々子に見せた。
「『不思議の国のアリス』? 別に普通の挿絵じゃない」
 その挿絵には主人公であるアリスがブタを抱えているシーンが描かれていた。
「かわいくない」
 「こちらの」アリスは口を尖らせて言った。
 それを聞いた奈々子が苦笑する。アリスはますます口を尖らせた。
「ごめん。でもこれが本物のアリスだから、怒ってもしょうがないわよ」
「これは絵に描いたものでしょ? 私はもっと可愛いわ。だから本物も、きっと可愛いはずよ」
「別に貴女と実在したアリスが同じなわけじゃないでしょ?」
「でも、可愛くないと納得できない。アリスは可愛い方が良いわ」
 アリスはそっぽを向いて、窓の外の雑踏に顔を向けた。奈々子はそんなアリスを見つめ、笑みを浮かべる。
 「お待たせしました」という声と共にテーブルのコーヒーが2つになった。
 奈々子がカップを持ち上げる音と同時に、アリスが口を開く。
「今日もいつもの場所?」
 奈々子は「そうよ」と答え、コーヒーをすすった。
「まだまだ取らないといけないデータもあるし」
「キリが無いわね」
「無いわよ。そういうものだから」
 奈々子が「そういうもの」と形容するものをアリスは当然のように使ってきた。故にアリスは「そういうもの」を調べるための被験者となっているのである。
「たまには別のこともしたいわ。もっと体を動かすような」
「そうね…………まぁ、考えとくわ」
 雑踏を見つめたまま、アリスはまた不機嫌な表情になった。

 次→「魔力少女」 Part2

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