不思議の国の軟体鉱物

2017-05

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『Respective Tribute』 第1章「魔力少女」 Part2

 前→「魔力少女」Part1

 店を出て、2人は奈々子の車に乗った。紺のスーツを着ている奈々子と比べると、その軽自動車のデザインは可愛らしく、不釣合いにも見える。しかしそれは、奈々子にとって車が自身を着飾るものでは無いためだった。
 例えば2人が一緒に買い物へ出かけると、奈々子はやたら少女趣味の服をアリスに着せようとする。その一方で自分はそのような服を絶対に着ず、しかし部屋に置くぬいぐるみなどは堂々と購入していた。自分の周りの物は可愛らしく、ただし自分自身は大人を演じる。それが奈々子のスタイルだった。
 静脈と息からアルコールの混じっていない奈々子を認識し、車のエンジンが掛かる。ゆっくりと発進する車の中、助手席のアリスはグローブボックスから目と両耳を覆うHMDを取り出して装着していた。
 周囲の光景を遮断する代わりに、内側のディスプレイに映像を映す。これから向かう施設の位置を把握させないために奈々子が用意したものであるが、到着するまでの1時間が退屈せずに済むためか、アリスも喜んで使用していた。
 アリスが特に好んでいたのは古い洋画であった。それを往復の道程で丁度1本、大抵は見終わる。しかし途中で寝てしまうこともあった。
 今日の1時間は後者の方だった。
 
 HMDを取り外した眼球に陽光が差し込み、アリスが眩しそうに目を細める。
「着いたわよ」
 奈々子がそう言うと、アリスは応えるように体を起こした。
 車を降りた2人は、駐車場から建物内部へと移動した。病院のような白い壁にシンプルな内装。3階建ての建物は逆T字型をしており、入口からは左右に廊下が伸びていた。右の廊下には白衣を着た者が2人いて、何かを話しながら奥の方へと歩いている。
 奈々子は入口の正面、受付の女性の方へ向かう。女性も奈々子に気づき、カウンターの下からストラップ付きのケースに入ったIDカードを2つ取り出した。
「ありがと」
 奈々子はそう言ってIDカードを受け取り、片方をアリスに渡した。アリスはそれを首から下げる。
「これが無いと入れないって、不便だわ」
「安全のためよ。これでも少しは防犯効果あるのよ」
「でも建物ごと壊されたら意味無いでしょ?」
 アリスの素朴な言葉に、奈々子はため息を吐いた。
「そんなことしたらすぐにバレるし、すぐに捕まるわ。危なすぎる」
「そういうものなのかしら」
 アリスはいまいち納得出来ないといった表情だった。いまだ「人間社会の」常識的な考えをしないアリスに、奈々子は時々呆れることがある。
「早く行くわよ。さっさと終わらせて、ご飯でも食べに行きましょ」
 奈々子は受付の右後ろにある扉の前に立ち、指の静脈とIDカードによる認証を済ませる。開いた扉の奥へと、奈々子とアリスは進んで行く。

 扉の奥には長い廊下があり、その左右にはいくつも扉があった。
「Cの23号室だから……」
 奈々子は扉の上にある部屋番号を確認しながら歩く。
「いつ来ても嫌な感じがする場所だわ」 
 アリスが不満を漏らす。
「それは同感ね。こういう殺風景な場所って、人の感情とか無視しそうで」
「それってどういう意味?」
「こっちの言うことを聞かないってこと。こういう場所を管理してる人にどんな文句を言っても、聞く耳を持たないでしょうね」
 アリスは少し驚いた顔をした。
「それは困るわ」
「そう、困るわね。でも大丈夫。どうにかして言うこと聞かせるから」
 奈々子は振り返り、「任せなさい」と言わんばかりに微笑んだ。
「なら安心、かしら?」
 アリスもつられるように笑みを浮かべた。
「っと、ここね」
 奈々子はそう言って、「C-23」というラベルが貼ってある扉の前で立ち止まった。
 奈々子がIDカードで扉を開け、2人はC-23室の中に入った。明るい室内はガラスの壁で2つに別れており、ガラスの向こう側はその横幅に比べるとかなりの奥行きがあった。ガラスのこちら側、つまり入口側には椅子がいくつかと2つのテーブルがあり、ガラスの向こう側を見やすいように配置してある。
 一方、ガラスの向こう側の部屋には椅子は1つしかなく、それはガラスの壁のすぐ前に置かれていた。その他にはボールや直方体の物体、中に液体が入った円柱形の容器などがいくつもあり、それらは部屋の床に書かれた目盛りに合わせて配置してあった。その目盛りは椅子を基準点として部屋の奥へと伸びており、部屋の突き当たり付近で「20m」となっている。
「それじゃあいつも通り、椅子に座って頂戴」
 小型のイヤホンマイクを手渡しながら奈々子が言う。アリスはそれを付け、ガラスの壁にあるドアを開ける。
 向こう側でドアを閉めたアリスは、すぐに訝しげな表情を浮かべた。
「なんか……気持ち悪いわ」
「気持ち悪い?」
 天井のスピーカーから聞こえた言葉を、奈々子は手元の用紙に記述した。
「エーテルの濃度が通常の大気と比べて20%くらいしかないから、そのせいかも知れないわね」
 「エーテル」と呼ばれる物質。それが大気中で多く検出され出したのと、人間の一部が「魔力」を使用できるようになったのはほぼ同時期であった。そのため、研究者の多くはそれが魔力を媒介するものであると結論している。
 そしてその物質は、アリスにとってさらに重要な意味を持っていた。
「我慢して」
「なるべく早く終わらせて欲しいわ」
 アリスが椅子に座り、目盛りが広がる正面を向いた。
「すぐ終わるわ。まずは加速度発生のチェックから。5m先の、白いボールを持ち上げられる?」
 正面、椅子から5mの距離であることを示す目盛りの弧の上に3つのボールがあった。赤、白、黒。その中の白いボールが、ゆっくりと宙へ浮かんだ。
「どう、重い?」
 奈々子の問いに、ガラス向こうのアリスは首を振った。
「全然。これは軽すぎだわ」
「そう。それじゃあ20m先の、黒いボールは?」
 椅子から20mの地点で、黒いボールが宙を浮いた。
「これはどう?」
「ちょっと重いかしら。でも平気だわ」
 アリスがそう言い終ると同時に、黒いボールが床に落ちた。ドスン、という音がして、微かに部屋全体が揺れた。
「気を付けて。50kgもあるんだから、慎重にやって」
「ごめんなさい。やっぱり、重かったかも知れないわ」
 奈々子はアリスの感想をメモしたが、この感想はさほど重要なものでは無い。重要なことは、触ること無く20m先にある50kgの金属球を浮かばした事実である。ここまでの加速度を発生出来る者は、魔力を行使する「魔導士」の中でもほんの一握りしかいない。
 アリスはその一握りに含まれている。そのことが重要だった。
 メモを取り終わった奈々子が顔を上げる。
「加速度の検査はこれでいいわ。次は熱量操作を検査するから、合図が鳴ったら5m先のボトルを暖めて」
「いつもと同じね。2回目の合図で暖めるのを止めれば良いんでしょ?」
「ええ。しっかりね」
 ガラスの向こうにいるアリスは軽く頷いた。その約2秒後、部屋全体に電子音が響いた。それから10秒後、2回目の電子音。5m先、液体が入った円柱形の容器に変化は見られない。しかし別室にいる研究者たちは、温度が確かに上昇していることを検知しているだろう。
「それじゃあ同じように、次は温度を下げて」
「ええ」
 程なく、3度目の合図。そして10秒後、4度目の合図。この10秒で、容器の温度は下がっているはずである。これと同じことを、10m先、15m先、20m先の容器に対しても行わせた。これで熱量操作の検査は終了である。
「お疲れ様。次は振動発生の検査だから、これも5m先からお願い。まずは破砕から」
 電子音が鳴ると同時に、5m先にあった直方体のブロックがひとりでに粉砕する。
「次、加工ね。隣のブロックを三角にして」
 再び電子音が鳴ると、今度は粉砕しているブロックの横にあった立方体が縦に3分割した。その内の1つは三角柱として床に立ち、残り2つはその左右にそれぞれ倒れた。その後、20m先のブロック2つに対しても同じことをそれぞれ行わせた。結果は同じだった。
 加速度発生、熱量増加、熱量減少、振動破砕、振動加工。魔力はその5種に大別される。つまり以上の検査で、魔力全てについて計測し終わったことになる。
「これで検査の方は終わりね」
「それじゃあ、もう部屋から出ても良いのよね?」
 アリスは早く部屋から出たそうに、そわそわと奈々子の方を見ていた。余程、部屋の空気が気に入らないらしい。
「まだよ」
 奈々子は首を振った。アリスが残念そうな表情をしている。
「椅子の下に容器があるでしょ?」
 アリスが椅子の下を覗き、そこにあった容器を手に取る。中に小さな球の入った、円柱形の容器である。
「その中の球を動かせる?」
 もちろん「魔力で動かせるか」という意味である。アリスが容器をじっと見つめ、黙る。球に意識を集中し、球が容器の中を上昇するイメージを頭に描いているのだろう。
 しかし、球は動かなかった。
「駄目だわ。どうなってるのかしら?」
「それは後で教えるわ。それじゃあお疲れ様。部屋から出て」
 アリスはその容器を持ったまま、奈々子のいる入口側へと戻った。
「それで、一体どうなってるの?」
 アリスは首をかしげている。手の中という超至近距離において、自分の魔力が働かない。その理由が分からなかったからだろう。
 奈々子がその理由を話そうとすると、容器の中の球が勢い良く上昇し、蓋の内側に激突した。
「えっ!?」
「あれっ?」
 奈々子は思わず大きな声で驚いてしまう。アリスが加速度を発生させたのだろうが、彼女自身も何が起こったのか良く分からない様子だ。
「奈々子、これってどういうことかしら?」
 奈々子はしばし驚いた表情のままだったが、気を取り直し、アリスの質問に答えた。
「その容器は魔力の影響を遮断する素材で出来てるのよ。まだ試験途中だけど」
「ふうん、そういうことなのね。なんか凄いわ」
 アリスは納得すると同時に感心したようだった。
「今までの検査だと完全に遮断してたのだけれど……アリスの魔力には敵わないってとこかな」
「あっち側で動かなかったのは、やっぱりエーテルの濃度の関係かしら?」
「その可能性が濃厚ね。エーテルと魔力の関連性はほぼ確実だから」
 魔力というものは人間の思考、イメージに対応して発生していた。それ故、理論による予想と精度の高い実験が難しく、魔導士による無数の試験結果で以って関係を立証する他無かった。エーテルと魔力の関連性は、それらの試験結果によって裏付けられている数少ない事実だった。
 そして今回のアリスの実験はエーテルが低濃度である時、遠距離への魔力発生にどれほどの影響が出るか。それを調べるのを主目的としていた。
「それで、気分は直った?」
 奈々子の問いかけにアリスは頷いた。
「ええ、かなり良くなったわ。これもエーテルの影響?」
「かもしれないわ。なんだか貴女って、エーテルに左右されてばかりね」
 奈々子は薄っすらと笑みを浮かべて言った。一方のアリスは、しかしそれとは正反対に表情を曇らせた。
「そういう生き物だから……仕方ないわ」
 寂しそうな声で彼女は言った。
「あっ、ごめん……」
 奈々子は自身の不注意な言葉を謝った。それを聞いたアリスは口元を緩め、いつもの調子で微笑む。
「気にしなくていいわ。もう検査は終わりなんだから、早く帰りましょ」
「ええ……そうね。そうしましょう」
 奈々子も笑顔で返し、2人は部屋を出た。

 次→「魔力少女」 Part3

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