不思議の国の軟体鉱物

2017-09

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『Respective Tribute』 第2章「夜空にて」 Part5

 前→「夜空にて」 Part4

「貴女にはね、アリス。ホンシアと仲良くなってもらいたいの」
「仲良く?」
 アリスはきょとんと目を丸くした。
「仲良くなって、いっそ一緒に買い物に行くくらいに」
「あっ、やっぱり仲間にするのね」
 予想通りだったと言うように、アリスはポンッ、と手を叩いた。
「仲間といえばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃないけどね」
「あら、違うのかしら?」
 アリスはがっくりと肩を落とす。面白い。奈々子はついついにやけてしまう。
「違うとも言いきれないわ。私たちがやるべきことは、ホンシアの身柄確保。その後は監視下に置いた上で『協力』してもらう予定だわ」
「身柄確保って、捕まえるってこと?」
 奈々子が頷くと、アリスは宙に浮かしたままの箱を降ろし、右手の中に収めた。
「それなら、仲良くしない方が良いと思うわ」
「慎重に行きたいのよ。相手を油断させて、ね。分かるでしょ?」
「そんな回りくどいことなんて、まっぴらだわ」
 紙の箱が潰れる音がし、奈々子は結論が間違いだったことを感じ取る。
 普段はつまらなそうに、大人しそうにはしている。しかし、一度火がつけば止まらない。奈々子はそんなアリスの闘志に火をつけてしまったのだ。
 目を覆いたくなる事態だった。
「私がホンシアを倒して、連れてくればいいのよね。任せてちょうだい!」
 アリスが大きくも無い平坦な胸を張り、自信を示すように右手で叩いた。
 やる気満々のアリスをどうにかして黙らせて、元の作戦を遂行するように説得しなければならない。奈々子は気が重くなったが、もはやそれも無駄な努力であるように思えた。
 たとえ元の作戦に戻したとしても、こんな馬鹿娘ではホンシアを騙すことは出来ない。それに、ホンシアに会った時点でアリスが作戦を無視する可能性もある。それならこのまま、ホンシアと戦わせるのも悪くないかも知れないと、奈々子は考えた。
 腹を決めた彼女は、何を想像しているのだろうか、不気味な笑みでチョコレートを頬張るアリスに語りかける。
「分かったわアリス。でもね、失敗は許されないわ」
 アリスは奈々子の方を向き、うんうんと頷いた。
「確実に倒す作戦を考えましょう。シンプルで大胆で、絶望的なやつを」
 奈々子も笑みを浮かべた。先ほどのアリスと同じ、不気味な笑みを。
 女2人、不気味な笑みで向かい合った。

「それじゃあまず、ホンシアについてもっと良く知りたいわ」
「分かった。さっきのプロフィールに大体のことは書いてあるから」
 そう言って奈々子はノート型端末を操作し、再びホンシアのプロフィールを表示した。
「シュウ・ホンシア。24歳。シンガポール出身の華人。父親が企業の社長で、昔はそれなりに裕福な生活をしてたみたい」
「どうして、悪い人になったのかしら?」
「それは少し分からないわね。ただ、17歳の時に父親の企業が破綻、その少し後に両親が事故死してる。高校は卒業してるみたいだけど、その後の消息は不明。その辺りの不幸が原因だとは考えられるわね」
 ついさっきまで意気揚々という感じだったアリスが、それを聞いていく内にみるみる消沈して行った。
「なんだかかわいそうだわ……」
「高校時代までの生活には特に問題は無し。警察に補導されたりも無し。本当にただの、幸せな女の子だったってわけ。なのに突然、全部が壊れたんだから。同情したくもな……ちょっと、泣かないでよ」
 アリスの目は既にうるうると涙ぐんでいた。先ほどまで闘争心を剥き出していたとは思えない、急激な変化だった。
 情緒豊かと言うべきか、情緒不安定と言うべきか。奈々子はアリスが以前、「私たちと違って、人間は心がしっかりしている」と言ったことを思い出す。
 アリスだけじゃなくて、『構造体』で生まれた人間もどきは皆、精神不安定なのかしらね。
 奈々子はアリスの頭を撫でながら、その事についてもいずれ聞いてみることに決めた。
「続けるわよ」
 アリスは小さく頭を動かした。

 次→「夜空にて」 Part6

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