不思議の国の軟体鉱物

2017-07

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『Respective Tribute』 第2章「夜空にて」 Part6

 前→「夜空にて」 Part5

「途絶えてしまった彼女の行方が明らかになったのは、テロ組織からだったの。ある企業役員に対する暗殺、それを実行したのが、組織に雇われた暗殺者、つまり」
「ホンシア……」
 微かに震えの混じった声でアリスが言った。
「そう。それが2年前。その後も、いくつかの事件で彼女が関わった証拠があった。活動地域は主に欧米だったけど、今回は日本。それで私にお役が回ってきたってわけ」
「どうして奈々子なの?」
「今のところ、私は魔導士専門だからね。ホンシアが魔導士なのは既に分かっていたし、彼女は力も強かった。身柄を拘束するには空を飛べる魔導士が欲しかったんだけど、頼りになりそうなのは他の任務で今はいなくて。それで、今回は仕方なくアリスに……」
「仕方なくって……私って仕方なく、なの?」
「そういう意味じゃ無いわ。本当はこういう危険を伴うことは貴女にはやらせたく無かったのよ。だけど上からの命令だから、逆らえないし。貴女をいつまでも実験データを取るためだけの秘蔵っ子にしておくわけにも行かないから」
「それって、私を認めてくれたってことよね?」
「そういうこと」
 奈々子が肯定すると、アリスの表情が再び笑顔を取り戻した。本当にせわしない娘だと、奈々子は笑みをこぼす。
「大丈夫、こう見えても戦いには慣れてるもの」
 その自信ある言葉を微笑みのまま受け取った奈々子だったが、内心では不安を感じていた。ただのやんちゃな少女にしか見えないアリスに、暗殺者であるホンシアを捕獲することが本当に可能なのだろうか。
 重要なのは、戦闘員としてのアリスの力量。どうにかそれを量って、駄目そうなら自分が良い作戦を立てなければ。さもないと、襲撃は確実に失敗する。それは絶対に避けなければ。
「じゃあアリス、これからホンシアの手口と魔力について説明するから。対抗策を考えながら聞いてね」
 アリスが頷くのを見て、奈々子は端末の画面を切り替えた。
「ホンシアが使用してる武器は、もちろん狙撃銃。昨日貴女が見た長い銃ね。狙撃銃を使って長距離からターゲットを射殺するのは他のスナイパーと同じなんだけど、ホンシアは魔力を利用して、空中から狙撃を行っているのが特徴なの」
「昨日もそうしてたわ」
「ええ。空中から狙撃を行う人間なんて滅多にいないから不明な点が多いんだけど、さっきアリスが箱を固定したみたいに身体と銃の両方を魔力で固定してるんだと思う。恐らく相当な訓練を重ねたんだろうけど、これなら空中でもある程度は安定した射撃が行える」
 端末の画面に、ホンシアが行った狙撃のデータが表示される。
「あと、分かっている限りでは狙撃対象との距離はそこまで遠くない。300m程度の距離で、これだと命中率は上がるけど見つかる可能性も高いの」
「見つかっても、すぐに逃げられるんじゃないかしら」
「その通りよ。空を飛べるから確保するのは難しい。それに狙撃場所が建物の中や屋上に限られないから、屋外に関してはターゲットの位置にほとんど関係なく狙撃が出来るの。狙撃地点の変更もかなり自由だから、警備が手薄な所から撃って、それですぐに離脱する、というのが彼女の常套手段ね」
「ふーん……だけど、ホテルやマンションの中で撃たれてる人が多いわ」
 アリスは画面の一角、狙撃された場所のデータを指差す。ホテルや自宅マンションなど、高層の建物で狙撃されたケースは屋外で狙撃されたケースの2倍以上の数である。
「高層建築物内のターゲットに対する夜間の狙撃。これも彼女の得意技ね。昨日の事件もそう。通常なら、屋内の高層階にいるターゲットに関しては狙撃場所がかなり制限されるから、狙撃が難しいの。だけど、ホンシアならターゲットのいる階と同じ高さの空中で静止できる。これなら相手が窓越しにいれば狙撃が出来るから、夜景を見るとかで窓に近づいた相手を……ドーン!!」
 突然の大声にアリスがビクっと震えた。アリスの反応に奈々子は苦笑する。
「ひどいわ! 昨日もそれでとってもびっくりしたんだから!」
「ごめんごめん。高層階だとカーテンを閉めない人も多いから、ホンシアにとっては狙いやすい。夜なら見つかりにくいし、逃げるのも容易だから日中より安全に狙撃が行えるってわけ。この手口で、何人もの……特に企業役員を殺害してるのよ、彼女は」
「むぅ……」
 奈々子の話を聞いているのかいないのか、アリスは眉間に皺を寄せながら画面のデータを見つめている。対策を考えているようにも、理解できずに悩んでいるようにも見える表情だった。
「で……何か考えはある?」
 話を進めるため、奈々子は言葉を促す。
「ホンシアの銃って、とっても長いでしょ?」
 アリスはライフルを構えるジェスチャーをしたまま、右、左と上体を旋回させる。
「この銃だと、接近戦でかなり不利だと思うの。だから、接近戦に持ち込めれば楽勝だわ」
「そうかもしれないけど、どうやって接近するつもり?」
「それはそれ程難しくないと思うわ。きっとホンシアに会えるのは夜でしょうし、上手く動けば見つからないで近くまで行けるはずよ」
「他の武器を持っている可能性もあるでしょ。その時はどうするの?」
「武器を持ちかえるのに時間がかかるわ。その隙に攻撃すれば大丈夫よ」
「貴女を待ち伏せしてたらどうするの。初めから別の武器を構えてるかも知れないわよ」
「待ち伏せは無いと思うわ。私を襲うつもりなら、昨日やっていたもの。それに別の武器を持っていたら、逆に好都合よ。ギリギリで当たらないくらいの距離まで近づいて、そこから一気に接近すれば良いんですもの」
「……うーん」
 アリスの作戦を一言で言うのなら、「近寄って攻撃」である。作戦と呼ぶにはあまりにお粗末なものであるが、奈々子は情けなくもそれに勝る代替案を思い浮かべることが出来なかった。出会う場所は恐らく地上から遥かに離れた空中、何も無い虚空である。高層ビルを利用した作戦も考えられそうだが、いつ、何処で出会えるかも分からない相手であり、下手に距離を取るわけにもいかないスナイパーである。
 アリス以外の新たな戦闘人員も期待できないと思うし、取るべき戦法はやはり、接近しての短期戦。接近さえ出来れば十分に可能かもしれないけど、問題は……
「アリス、ホンシアに撃たれないで倒せる自信、ある?」
 アリスはニヤリと、歯を見せて笑う。
「当然よ」
「ホンシアも強力な魔導士なのよ」
「奈々子、私の魔力の強さ、測ったんでしょ?」
 奈々子はうっ、と言葉を詰まらせた。
「ホンシアの魔力って、どのくらい強いのかしら?」
 奈々子はノート型端末の画面に、ホンシアの魔力の計測データを表示させた。

 次→「夜空にて」 Part7

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