不思議の国の軟体鉱物

2017-05

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『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part7

 前→「紅霞の向こう」 Part6

 アリスはゆっくりとした口調で語った。脚色し、偽り、それでも語れることを。
 生まれた場所はイギリスの田舎町にした。本当は、太平洋の深海なのに。ローエングリンは近所に住んでいる、昔からの付き合いということにした。本当は、『構造体』から出る時までほとんど話したことも無かったけど。世界中を旅して、ある場所でエルザという少女と仲良くなった。これは本当。そこで何ヶ月か過ごした後、アリスは日本に行くことにして、ローエングリンと別れた。
 そのような内容をアリスは語ったが、奈々子のことは話さなかった。奈々子が口にするなと言いそうな事も、アリス自身が言いたくないことも言わなかった。真実ではないが、ローエングリンとアリスの今までを表すには充分な、そんな作り話をした。
「これが、私とローエングリンの今までよ」
 所々で相槌を打ちながら話を聞いていたホンシアは、「なるほどね……」と言いながら何度も頷いた。
「結構普通の人生だったんだね、アイツも。もっと壮絶かと思った」
 ホンシアがどんな人生を想像していたか、アリスは考えないようにした。ホンシアの人生より悲しい人生なんて、想像したくも無かったから。
「でもそれがどうして、こんな世界に?」
 こんな世界――人殺しの世界。
「そんなの、私が聞きたいわ」
 アリスの答えに自分と似た事情を想像したのか、ホンシアは気まずそうに眼を逸らした。
「えっと……ローエングリンって、昔はもう少し愛想良かったの?」
「少しはマシだったわ。私が日本に行くちょっと前くらいから、どんどん無愛想になっちゃったのよ」
「原因って、心当たりある?」
「あったら、こんなに悩んで無いわ。本当、誰かの心の中って全然分からないわ」
 アリスは膨れっ面をして、夜の街並みへと目を移す。
 もしあっちの方からローエングリンが飛んできたのなら。夜風と一緒に、ビルの隙間を縫うようにして。そうしたら、バールのようなもので叩いてでも本心を聞かせて貰うわ。ホンシアが知っていたのも、貴方の外側だけだったから。
 そうよ、ローエングリン。貴方はまるで、卵みたいだわ。塀の上でうまくバランスをとっているから、割れたりしない。だから、中身も見えないのね。だったら、叩いて落とすだけ。一度落とせば、それでおしまい。何もかも、まる分かりよ。
 そんなアリスの思考を否定するかのように、ホンシアが言葉を発した。
「確かに他人の心は分からないけど」
 アリスの耳がその言葉に反応する。
「だから人と話すのって楽しいんだと思う。お互いのことが、ほんの少しずつ分かっていくから」
 その言葉を、アリスは反芻する。今まで、そんな考え方はしたことも無かった。力づくでこじ開ける、それが彼女のやり方であったから。しかし、一言一言を交し合いながらゆっくりと開けていく楽しさというものも、彼女は確かに感じていた。ホンシアの言葉は、その理由を説明してくれるものであった。
「そうかも……そうかも知れない」
 今まで多くの人と話して来たのは、相手の心が分からないから。
 今まで多くの人と話して楽しかったのは、相手の心が分かって行くから。
 それはアリスにとって、真理であった。そしてその真理は、ローエングリンの閉じた心にも通じるはずだと。
 割れてしまった卵は、きっと元に戻らない。力づくでこじ開けたら、昔のローエングリンは戻って来ないかも知れない。だから少しずつ、一言ずつ開かせなきゃ。そしてそれを楽しめば良い。楽しかった、昔のように。
 思いもしなかった糸口に気付けた嬉しさが、アリスの心を満たしていく。
 会おう、ローエングリンに。話そう、ローエングリンと。
 何があったのか、何を思ったのか、その全部は分からないかも知れない。それでも、ほんの少しなら分かるかも知れない。許せるかも知れない。そうしたら、こっちの気持ちも伝わるかも知れない。
 もはや、迷うべくも無い。
「ありがとう、ホンシア。やっと分かったわ、どうしたら良いのか、決心がついたわ」
 アリスは満面の笑みをホンシアに向ける。
「そう、良かった。力になれたんなら、嬉しいかな」
 その笑顔にホンシアは微笑みで返す。しばし見詰め合い、急に彼女は吹き出した。
「ごめんごめん、すごく嬉しそうな顔だから、ちょっと面白くて」
「嬉しい時は、笑うものよ」
「そうだね、今までアナタ泣きそうな顔ばっかりだったから、ちょっと驚いた」
 2人、声を合わせて笑った。
「なんか久しぶりだな、女の子とこんなに楽しく話したのって」
 ホンシアが夜空を見上げながら言った。
「そうだ、今度の日曜日って暇かな。一緒にさ、買い物とか行かない?」
「お買い物?」
 突然のホンシアの誘いに、アリスは戸惑いつつ答える。
「大丈夫だと思うわ。でも、どうして誘ってくれるのかしら?」
「女2人が一緒に買い物に行くのに、理由なんていらないでしょ。それに……」
 ホンシアがゆっくりと浮かび上がる。
「楽しい時のアリスも、見てみたいからね」
 思わず、アリスは宙に浮いたホンシアに手を伸ばす。その手は何にも触れずに空をかいた。
「日曜日の朝10時、この場所で待ち合わせ。いい?」
 星を背にして、ホンシアが尋ねる。アリスは座ったままそれを見上げ、こくり、と頷いていた。
「約束ね」
「約束は守るわ。絶対、守るわよ」
 その言葉に頷きで返し、ホンシアはさらに上空へ、そして遠くへと飛んでいった。残されたアリスは、そういえば、と気が付く。
 ホンシアはいつも、私を残して飛び去っていくのね。日曜日のお買い物でもそうなるのかしら。だったら、ちょっと面白いわ。
 紙袋を持って空を飛ぶホンシアの姿を想像し、アリスは苦笑した。

 次→「紅霞の向こう」 Part8

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