不思議の国の軟体鉱物

2017-08

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『Respective Tribute』 第4章「紅霞の向こう」 Part9

 前→「紅霞の向こう」 Part8

 パスタが乗っていた皿を脇にどかし、チョコレートムースを正面へと動かすアリス。それはそれは、嬉しげな顔で。
「甘いもの、好きなの?」
「もちろんよ」
 ホンシアの質問に即答する。二又の小さなフォークでゆっくりと先端近くを切り離し、突き刺し、食べる。
「甘いものが嫌いな人なんていないわ」
「甘すぎるのは少し苦手だけどね」
 そう言うホンシアの前にはチーズケーキが一切れ。対するアリスの前にはチョコレートムース、チーズケーキ、ホイップクリームが乗ったプリン、それらが1皿ずつあった。
「頼みすぎるのもだけど」
「大丈夫、半分払うわ」
 皿の比率と代金の比率がおかしい事に、アリスは気付いていなかった。ホンシアは不機嫌そうに黙り出す。
 お互い無言でデザートを口に入れ続け、アリスが1皿目を食べ終わった直後、ホンシアが口を開いた。
「ねぇ、アリス」
 チーズケーキの皿を引き寄せようとしていたアリスが、視線をホンシアに移す。
「女王って……誰?」
 思いがけない禁句に、アリスの脳が一瞬にしてイメージで溢れ返った。
 『女王』――金色の、長い髪の、深い青の、開かれた眼の、勝ち誇ったかのような、愛玩するかのような、上から見下ろすような、遥か高みにいるかのような、鮮明な一瞬の残影。
 記憶から想起された姿に、言い知れぬ感情が湧き上がる。それがアリスの全神経を突き動かし、彼女の全身は力み出し――
 我に返った時には、彼女のフォークは親指によってぐにゃりと曲げられていた。
「あっ……ごめんなさい」
 自分の無意識動作を謝りながら、アリスは曲がったフォークを指で挟み、擦った。魔力による圧力を加えつつ、元の形へと整えていく。重苦しく、強張った表情で。
「大丈夫……?」
 ホンシアの伺うような声にも、アリスは応えなかった。ただ黙ってフォークを見つめ、取り繕うかのようにそれを直している。
 2人の間に漂う沈黙。真っ直ぐに戻ったフォークをテーブルに置いた後も、アリスはホンシアの方を見ようとしなかった。デザートからも目を逸らし、店の脇を流れる雑踏を、頬杖を突いて見つめた。
 アリスは不快感を追い払おうと、空想する。街を歩く、人、人、人。この中には、決して『女王』はいない。傲慢な『女王』は、口で何を言おうとも人間の中に紛れはしない。だけど『女王』と違い、自分はきっと紛れたいのだ。人間の中で人間として、ただの魔導士として。それでも夜は自分らしく空を飛び、何者にも縛られないでいたい。
 人であることと、自分であることの両立。それを目指すから、自分は『女王』とは違う。『女王』はきっと、人間の世界でも特別になろうとしているに違いない。だけど、そんなに全て上手くは行くはずが無い。きっと、蹂躙される。傲慢さをまとった心も、しなやかな豪腕を振るう体も、すべてすべて。
 もちろん、私が倒した後でだけどね。
 自らの空想によって、アリスは呪縛とも言える『女王』のイメージを少しずつ崩して行く。それと同時に、不快感も次第に薄れて行った。
 そんな彼女の目が、人波の不自然な流れを捉える。
 微かに人が避け、好奇の目で見ている空間。そこには変わった風貌の少女がいた。
 クマの耳を模したカチューシャ。こげ茶色のショートヘア。幼い顔立ち。ガラス玉のような瞳。まるで人形のようなその顔は、まさしく――
「ベイビードール!!」
 アリスは立ち上がり、人波の向こう側に大声で呼び掛ける。突然の行為に驚いたのか、ホンシアは椅子ごと後ろへ転げそうになった。
 道路沿いの手すりに腰掛けていた少女は1度だけ頷き、通行人を掻き分けてアリスへと歩み寄る。目の前にその少女が来た瞬間、アリスは少女を抱きしめた。頬擦りをされ、少女はくすぐったそうに眼を細める。
 14、5歳の顔立ち。身長はそれよりも僅かに幼く。首から下はパジャマ風のクマの着ぐるみを着て、首から上は茶色の髪にクマの耳を付けて。
 クマを真似する、その姿。
 大シンボルの1人、「ぬいぐるみの女神」――ベイビードールだった。

 次→「紅霞の向こう」 Part10

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