不思議の国の軟体鉱物

2017-11

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『Respective Tribute』 第5章「約束」 Part4

 前→「約束」 Part3

「本当に失礼なことをした。軽率な行動を、どうか許して貰いたい」
 陰島はテーブルに額が着くほどに上身を曲げて謝った。
「失礼なのはお互い様です。……小夜、いいかげんにして」
 奈々子がそう言った直後、小夜は銃をコートのポケットにしまい、先ほどまで座っていた隣のテーブル席に戻った。
「……少し舐めすぎたかな」
「先ほどの言葉、訂正いたします。私たちもまた、貴方がたをここで殺すことが出来るのです」
 奈々子は自分たちが優位に立ったことを確信していた。怒りは収まらなくても、それは気分の悪い事では無かった。
「噂には聞いていたが……このお嬢さんが君らの切り札、群雲小夜か」
 陰島が小夜に目をやりつつ、言った。
「出来れば君の力も借りたかった所だが、無理だと断られたよ。諦めざるを得なかった」
「ええ、全て諦めて下さい。アリスも、小夜も。そして、馬鹿げた計画も」
「馬鹿げた計画か……確かにそうだろう。確かに馬鹿げている。だが、だからこそやっても良いのではないか」
 銃を突きつけられた後でも態度の変わらない陰島に、奈々子の優越感が僅かに害された。
「いいか、奈々子君。『女王』はこの世界における、ラスボス的存在なのだ」
「ラス……ボスぅ?」
 突然の不可解な言葉に思わず素の自分を出してしまいそうになる奈々子。そんな彼女とは対照的に、隣のテーブルにいる小夜は聞いているのかいないのか、ただ無表情だった。
「それは一体……どういう意味で」
「そのままの意味だ。強大な力を持ち、世界の頂点とも言える存在。偉大にして美しく、秀麗にして雄々しく。人外の、『女王』だ」
 人外。それが指すものは、1つ。
「大シンボル……」
「知っているようだな。そう、『女王』こそ魔力の発生源と目される『構造体』を動かす者たちの頂点。全ての『象徴』の『女王』だ。私は大シンボルの1人と契約を結び、共にあの『女王』を倒すことを誓ったのだ」
「……」
 唖然とする他、奈々子には無かった。
 陰島と契約した大シンボルの1人。それは恐らく、アリスが口を滑らせて言ってしまったあの名前。
「ローエングリン……」
 奈々子がぼそっと呟いたその名を聞き、陰島は笑む。
「その通りだ。ローエングリンと私は、最強の『女王』を倒す」
「何故……そんなことを」
「決まっているだろう。男は、強い者に勝ちたいと願うものだ。己の全てを賭けてでも、私は比類無き頂点である『女王』を倒し、伝説になりたいのだ」
「馬鹿げている……」
 この男は、自分に酔っている。陶酔しきっている。奈々子にはそう見えた。しかし同時に、陰島の言葉に込められた覚悟が偽りで無い、確かなものだとも思えた。
「だが、その馬鹿げた勝負に『女王』は乗ってくれるだろう。君も、明日の朝を楽しみにしておくと良い」
 そう言って陰島は椅子から立ち上がる。奈々子は最後の一言が気になり、尋ねた。
「明日の朝……何があるというのですか」
「君がどう思おうと、全ては彼女の気持ち次第だ。それは当然のことであるがな」
 それだけ言い残し、陰島は神崎を後ろに従えて立ち去って行った。
 立ち去る陰島の背中を見つめながら、奈々子は気が付いた。
「まさか……」
 自分がここにいる間、アリスはどうしているのだろうか。陰島の協力者である大シンボル、アリスの知人であるローエングリンはどうしているのだろうか。
 もしもアリスが旧友に説得されたなら。もし自由奔放な彼女が、『構造体』の権力者であるらしい『女王』ルーシーを好いていないとしたら。
 陰島が説得したかったのはアリスの方であり、邪魔されたくなかったのはアリスへの説得。計画を明かしたのはこちらの意識を彼女から逸らすためであり、自分は陰島の思惑通りに行動してしまった。そういうことなのでは無いか。
 胸騒ぎに動かされるように奈々子はノート型端末を取り出し、急いでアリスの位置を確認した。アリスの足首に付けられているはずのリング。その位置は、ホンシアが狙撃を行った場所にあった。アリスとホンシアが出会った場所に。
 それが意味することは、明白だった。
 奈々子は自分の迂闊さにうな垂れ、そして理解した。
 自分が事態の外にいる、無力な人間でしか無いことを。

 次→「約束」 Part5

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