不思議の国の軟体鉱物

2017-09

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『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part9

 前→「スカーレット・ドレス」 Part8

「狙撃班、どうした、応答しろっ!!」
 神崎は小型の通信機に向かって怒鳴るような大声で言った。
「くそっ、どうして答えない……」
 通信機を操作し、神崎は通信先を狙撃班から監視室へと変更する。
「監視班、応答してくれ、監視班!」
 しかし、通信機からは何の反応も返って来ない。
「……まさか、監視室が占拠されたのか?」
 ローエングリンの言葉に神崎は青冷めた。
「監視室が……?」
 『女王』迎撃の要となっているのは、監視カメラ及び各班員からの情報を統括する監視室である。それが敵の手に落ちることは即ち、連携を前提とする迎撃体勢の崩壊を意味していた。
「ありえない、地下の監視室だって無防備なわけじゃ無いんだぞ」
「相手は間違い無く『女王』の手駒、強力な魔導士だ。事前に監視室の位置を知っていたならば、制圧されたとしても不思議は無い」
「だとしたら……狙撃班には何があった」
「勿論……」
 神崎は思わずローエングリンの胸倉に掴みかかってしまう。
「だとしたら、叔父上は……」
 最悪の事態を神崎が想像した瞬間、爆発音が2人のいる廊下に響く。
 何が爆発した音なのか、誰が爆発した音なのか。神埼は理解していた。
 爆発で何人が死んだのかは分からない。だが確実に死んだ1人の名を、神崎は呆然と呟いた。
「…………叔父上」
 見開かれた眼から、ゆっくりと涙が垂れた。
「畜生」
 涙を手で拭いながら、神崎はローエングリンに背を向ける。
「ローエングリン、俺は前の部屋で敵を待ち構える。お前はホンシアたちからの連絡を待ってくれ」
「無謀だ。『女王』が生き残っていた場合、死ぬぞ」
「……俺はなぁ、ローエングリン。お前のことをそれほど信用しているわけじゃない。叔父上がお前を信用していたから、信用しているだけだ」
 ローエングリンは無表情のまま、神崎の言葉を耳に受けている。
「そんなお前と一緒に戦っても、ろくに連携も取れずに共倒れになるのが目に見えている。それなら俺が時間稼ぎになって、その間にホンシアとアリスが来るのを期待した方が良い。そうだろ」
 首を動かす仕草も無しに、ローエングリンはこう返した。
「たった1人で稼げる時間など僅かだ。馬鹿な考えは止せ」
 ふふっ、と神崎は笑いを漏らす。
「おかしなもんだな、オイ。全速力で逃げるくらい怖かったはずなのに、今は自分の手であの女を殺さないと気が済まない気分なんだ」
「落ち着くんだ、神崎。『女王』が死んだ可能性だってある」
「落ち着け? 叔父上が死んだのに、落ち着いていられるわけが無いだろうがっ!」
 神崎は衝動的にナイフを右側に投げた。窓ガラスの割れる音と共に、八つ当たりの刃とガラスの破片が日の傾く中庭へと落下して行く。
「叔父上の死に身動ぎしないお前が俺の心配をするなんて、滑稽じゃないか。その心の中で雀の涙ほどは悲しんでいるのか? 関心があるのは『女王』だけなんだろ、お前は」
 背を向けたままの神崎に向かって、ローエングリンは静かに言った。
「……辛くないわけじゃない」
 神崎は俯き、しばしの沈黙の後、言った。
「……分かっている。叔父上は自分の意志で戦ったんだ。覚悟して戦ったんだ。お前だってそれが分かってるから、涙1つ流さないんだろう。だが俺は、許せない。あの女が、あの『女王』が許せない。もし生きていたとしたら、勝ち殺してやる。俺自身の意志で、殺してやる」
「負けて、死ぬかも知れないぞ」
「その時はローエングリン、済まない」
 神崎は両開きの扉を開き、書斎へと続く廊下、その入口を守るための小部屋へ入る。
「後は頼んだぞ」
 旅立つ者を見送るように、その背中を見つめるローエングリン。彼は「わかった」と寂しげに言った。
 神崎はその声調に僅かばかし、涙を堪えているような感じを受けた。気のせいだな、と笑いつつも、彼はそう聞こえたことが少し、嬉しかった。
 肩を並べて戦う気にはなれなくとも、後を任せるには足りる男。ローエングリンをそう思えることが出来そうだったから。
 神崎の後ろで扉が閉まる。覚悟を決めた敵討ちが、開始された。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part10

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