不思議の国の軟体鉱物

2017-11

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『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part10

 前→「スカーレット・ドレス」 Part9

 地下の監視室で揺れを感じたカレンは、耳飾りのスイッチを入れた。通信機を内蔵しているその飾りから、荒い息遣いが聞こえて来る。
「ご無事ですか、『女王』」
「当然だ」
 万が一に対する不安を払拭出来ないでいたカレンは、その言葉にひとまず胸をなで下ろす。だが収まったその不安は、続く『女王』の言葉で再び慌ただしくなる。
「……とも言えんな。手酷くやられたのだから」
「どこかお怪我を!?」
 驚いて大声を出すカレンに、『女王』は「静まれ、耳が痛い」と不快そうに呟く。
「予想以上の相手だった。左足と左腕の骨にひびが入っているのは間違いない。陰島を蹴り飛ばした右足にも違和感を感じる。それに両腕の疲労もかなりのものだ。私の慢心だけではない、陰島は実に恐るべき人間だった」
 同族の最強が語った賛辞。カレンは認めたくなかった。
「いいえ、陰島は幸運だっただけです」
「彼を侮辱する言葉ならば許さぬぞ、カレン」
 耳飾り越しの威圧に、カレンは思わず身を竦めてしまう。
「我々には兵器として作られた体がある。だが、あの男は違った。自らの意志で戦うための力を高めたのだ。決して誰かに仕組まれたものではない」
 ふっ、と皮肉げな笑い声。
「与えられた力を行使する私よりも、遥かに『自由』だ」
「そんなことはありません、『自由の女王』たる貴女こそが――」
「概念というものにおいて、我々は人間には勝てないのだよっ!!」
 カレンの声を遮り、『女王』の怒声が振るわれる。
「人間に、人間の精神に敬意を払えカレン!! 私でさえ死にそうになった、君もいずれ知ることになるだろう、その偉大さ、素晴らしさ、可能性っ!!」
「分かっています、落ち着いてください、『女王』!!」
 しばしば『女王』が見せるこのような様態に、忠実な部下であるカレンですら辟易していた。普段の神々しくもある姿とは一転して、まるで吠え立てる獣の如し。その時の目はいつだって遠くの何者かを見ているようで、それがカレンには我慢ならなかった。
「まだ敵は残っています、気を静めて下さい!」
「そうだな……その通りだ。勝負の余韻に浸り過ぎていたよ、カレン」
 大きく息を吐く『女王』の音。
「これから邸内の兵を殲滅する。サポートを頼む」
「了解しました。入口ホールは無人ですので、そちらから入って下さい」
 入口ホールに入った『女王』を監視カメラの映像で確認したカレンは、付近に待ち構えている敵の位置、人数、状態を伝える。「分かった」という応答と共に、『女王』の進軍が始まる。
 1階南側の廊下を映すモニター。通信不能になり混乱していた3人の兵士の前に、突如として『女王』が現れる。彼女は相手が気付くのとほぼ同時に1人の首を切り裂き、残った2人の銃を魔力で破壊する。哀れにうろたえる男たちは抵抗する術も無く、喉元から血を噴出し、倒れた。
 カレンはカメラ越しにその光景を見つめつつ、下腹部に熱を感じていた。
 凛々しく雄雄しい、麗しき『女王』の姿。他の者を近づけず、圧倒的な裁きにより愚者を血染めるその御姿。尊敬を刷り込まれている人間という存在よりも貴く、その力と理知を体現する超越者。頂点にあり、玉座にあり、最強にある我が主、女王の中の女王。
 新たに敵の情報をカレンが伝え、『女王』はそれに向かって動き出す。狭い廊下で待ち伏せる敵の上を飛び翔け、肉を裂き、銃を崩し、命を奪い。一連の動作は舞であるかのように滑らかで適確、そして止まる事が無い。
 敵意を向けられたならば、即座に屍を作るその動作。決まった形などない、相手のどんな動きに対しても適切に行われる殺人舞踏。恐怖に満ちた顔で壊れた銃を向ける者にも、目の前で倒れる仲間を呆然と見つめる者にも、逃げ惑おうと背を向ける者にも、全ての者に対して平等に、彼女の裁きは下る。向けた殺意に相当する、命の罰が。
 それらが自らの言葉と連動して行われることに、カレンは恍惚を覚えていた。『女王』と一体になっているかのような感覚、崇拝対象との融合。
 私の声と共にいつまでも舞っていて欲しい、か弱く愚かな人間たちをどんどん殺して行って欲しい。私たちが決して、模倣でも偽物でもなく、人間と同じ価値のある存在であると示して欲しい――
 カレンの中に沸き立つ願望、それは現実の声によって押し止められる。
「次は何処にいる、カレン」
 我に返ったカレンは、監視カメラの映像を確認する。モニター越しに見えている人影は『女王』を除き、全て死体。残る場所は、監視カメラが映さない3箇所だけ。
「残るは書斎、そこに通じる廊下、その廊下と東棟を隔てる小部屋のみです。監視カメラが設置されていないため、中の様子は分かりませんが」
「恐らく、ローエングリンはそこにいるだろう。陰島の秘書も」
「内部の状況が分からない以上、私が先に参ります」
「必要無い。それより、君はアリスとホンシアの到着に備えてくれ。邪魔をされたら厄介だ」
「……了解しました」
 不満げにカレンは答えた。
「君にはアリス、彼女にはホンシアを任せる。私の命が懸かっている仕事だ。頼むぞ」
「全力で、やり遂げます」
「では、以上だ。また会おう」
 『女王』との通信が切れると、カレンは床に倒れている死体を跨いで監視室を出た。
 自分と『女王』との時間を邪魔する者たち。陰島の一味、ローエングリン、アリス、その全てがカレンには憎々しかった。
 崇高たる存在に歯向かう愚かな者たち。誰も彼も血を噴き出して死んでしまえば良い。
 特に、アリス。『女王』の寵愛を受けながら、それを全く理解もしない馬鹿な娘。恥知らず。あの子だけは、必ず私が始末してみせる。
 『靴の女王』が誇る、この足で。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part11

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