不思議の国の軟体鉱物

2017-08

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『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part14

 前→「スカーレット・ドレス」 Part13

 全ての家具を取り払った小部屋の中、神崎忠光は右手のナイフを弄びつつ周囲に目を配っていた。強力な魔導士である『女王』ならば、正面の扉だけではなく左右の窓、天井、さらには床からの侵入もありえる。唯一可能性が無いのは、ローエングリンのいる背後のみ。
 神崎の左手には投擲用のナイフ。背後以外からならば『女王』が現れた瞬間に当てる自信が彼にはあった。一撃で仕留められる相手で無いことは承知していたが、少なくとも有効な攻撃にはなるだろう。神崎はそう考えていた。
 そんな期待を吹き消すように、蹴飛ばされたような音と共に正面の扉が吹き飛んで来る。反射的に左手のナイフを投げ、神崎はすぐに右へと跳躍、扉を回避する。投げたナイフは扉へ刺さっており、それが攻撃の失敗を物語っていた。
 新たなナイフを左手で構え、神崎は扉が無くなった入口を注視する。ゆっくりとした足取りで血まみれの『女王』が現れ、神崎は咄嗟にナイフを投げた。しかしそのナイフは『女王』の身体に届くこと無く前後に割れ、弾け飛んだ。
「この速度のナイフでも、振動加工で破壊できるのですね……」
 感情を無理矢理に抑えた、不自然な敬語で神崎は呟く。
「ナイフ使いか。投げナイフは通常実用的ではないが、魔力による加速度でコントロールすれば攻撃の正確性は増し、充分に有効と言えるな」
 身を低くして構える神崎を、『女王』は見下ろすような視線で見る。
「それと神崎、客人に対する言葉使いである必要は無いのだよ。君の主がそれを教えてくれた」
 神崎はゆっくりと立ち上がりながら、再び左手にナイフを握った。
「叔父上は……何か遺言を?」
「特に無いと言っていたが……私を殺せなかったことが心残りとなっただろう」
「ならば、俺はアンタを殺すだけだ」
 腕を全く動かさず、神崎は魔力の加速度だけでナイフを発射した。魔力だけと言えど時速では200kmを超えるそのナイフは、先ほどと同様に『女王』の前で弾かれる。
「化物め……」
 『女王』は柔らかく微笑む。表情と対照的な、血染めの顔で。
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておこう」
 その笑顔に怖気を感じ、神崎は右手のナイフを構えたままゆっくりと後退してしまう。飛び掛る獣を向かい討つような姿勢を取りながら、一方でその心は萎縮し始めていた。
 怯むな、怯むんじゃない……!!
 神崎は己を奮い立たせようと必死でイメージを思い浮かべる。命を賭して『女王』と戦った叔父の雄姿。無残に殺された迎撃班の死屍。共に戦う仲間――ホンシアとアリスは既に到着しただろうか。
 いや違う、そんなことは関係無い、俺は時間を稼ぐために戦うんじゃない。この女を殺すために戦うのだから。そう、殺すんだ。糞、一度は収まったって言うのに。怖い、怖いに決まっているだろう。叔父上だって怖かったはずだ。それでも戦い抜いたんじゃないか、足を竦ませずに『女王』に抗ったじゃないか。
 糞ったれ、糞、糞ッ……!
「怖いのか、神崎」
 嘲るような一言。言い当てられた屈辱、激昂。反転する、心。
 神崎は恐怖を紛らわせる程の攻撃衝動を必死で抑え、不敵に微笑む。
「怖かったさ」
 素早く、神崎は服の内ポケットにある手榴弾を投げる。『女王』と神崎はほぼ同時に回避行動を取った。
 そして手榴弾から噴出す、灰色の煙。室内はあっという間に煙で充満した。
「なるほど、発煙弾とはな」
 部屋の何処かから、『女王』の声が聞こえてくる。
「しかもこれは……魔力遮断素材が含まれているのか。我が国でも試験段階にはあるが、日本ではここまで実用化されているとは」
 神崎は緊張しつつも、手で覆った口に薄っすらと笑みを浮かべる。
 対魔導士用発煙手榴弾。魔力を遮断する素材を含んだ煙により、魔導士の戦闘能力を大幅に減退させる。周囲が見えず、かつ魔力の発生自体が阻害されている状態では超常の魔導士も無力な人間になりさがる。
 神崎はこれを迎撃班にも持たせていたが、使う前に殺されたか、それとも付け焼刃程度の効果だったのか。神崎は投げナイフの1本を加速度で浮かせ、魔力の阻害率を確認する。
 ――3割、いや2割程度の阻害か。
 狭い室内においてもその程度の効果である。暴走する乗用車1台を難なく粉砕する『女王』の魔力を考えると、攻撃力の低下は考慮に値しないものであろう。
 神崎はさらに数本の投げナイフを取り出す。元々、魔力阻害に頼るつもりは無かった。勝機は煙と共にある。飛び道具の無い『女王』に対し、神崎には投げられる刃物が豊富にあった。相手の姿が見えなくとも、数を撃てば――もちろん、自分の位置が特定されないように移動しつつ――1本は当たるかも知れないという算段。接近されれば寸秒の内に致命傷を負わされると考えれば、有効な手段だと言えた。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part15

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