不思議の国の軟体鉱物

2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part15

 前→「スカーレット・ドレス」 Part14

 神崎は3本、ナイフを投げる。音も無く、空気に大きな揺らぎも無い。『女王』から大きく外れたのだろうか。
 身を低くし、神崎は慎重に移動する。足音を立てないように、空気を震わせないように。そして2射目、4本のナイフ。一番右側に投げた物から確かな金属音が聞こえ、神崎はその付近に向けて残りの投げナイフ全てを投げ放った。
「くっ」
 小さな唸り。神崎は手応えを感じつつ、『女王』がいるであろう付近から離れるように動く。下手に突撃すれば返り討ちされるのは明白だった。
 逃れつつ、神崎は残った最後のナイフを左手に持った。右手の物と同様の形状、投げるためでなく迎え撃つための武器。傷を負った『女王』が迫った時、相打ち覚悟で心臓に突き立てるための二振り。
 部屋の隅で左右の刃を構え、後は待つだけだった。化物が狩りに来るのを。
 その時、神崎の向かい側から木材が激しく砕ける音がした。同時に、煙が急速に抜けて行く。
「神崎、君の主人は畏れるに値する戦士だった」
 驚きを声に出さないよう、神埼はナイフを持った手で口元を押さえる。何が起こったのか、煙が薄れていくと共に彼は気付き始めた。
「左の腕と足がまだ痛む。右足にも違和感を感じる。彼は私を手負いにしたのだ、この私を」
 彼は理解した。もはやこの部屋が、部屋としての形を保っていないことを。
「自爆にも危うく巻き込まれる所であった。紙一重、まさに拮抗する魔導士であった」
 段々と視界が鮮明になって行く。
「誇りに思え、神崎」
 部屋の真ん中で、『女王』は雄々しく立っていた。緋色の血痕に塗れた姿、その左肩で真新しい傷が艶めいている。
「主を、そして己を。私に刃傷を負わせるのも、相当なことだ」
 『女王』の背後にもはや壁は無かった。『女王』は南側の壁面を破壊し、頼みの煙幕はそこから外へと散ってしまっていた。
 神崎に残されたのは二振りの刃物と、主に対する誇り。そして自分が無力でないことの、確かな結果。
 十分過ぎた。
「来いよ、『女王』」
 喜びを湛えた顔で、『女王』が飛び掛かる。
 胸元に迫る細指を寸でのことで避け、神崎は左手を振るう。高速の刃はしかし、遅すぎた。『女王』は既に彼の射程より遥か遠くにいて――それなのに次の瞬間には、彼女の右手が脚へと迫っていた。
 神崎は反射的に魔力を発生させ上昇、だが『女王』の右腕もそれを追う様に払い上げられる。必死に加速度を発生させ、神崎はそれを回避。しかし逃れた直後に再び、『女王』の腕が襲い来る。
 速度を緩める事無く彼は逃げ、逃げ、逃げ。速さに対して余りにも狭い直方体の部屋の中、神崎は跳ね返る硬球のように壁を蹴り続け、その度に『女王』の真っ赤な腕が目の端で動く。
 彼は気付く。自分の状況が極限にあることを。もし僅かでも速度を緩めてしまったならば。もし少しでも方向転換が遅れたならば。1秒にも満たない間隔で迫る死が、彼を切り刻むであろう。
 もはや減速と自殺が同義となった彼だったが、不思議と恐怖は感じていなかった。反射的に動き続けることを要求される中、感情は麻痺する他無い。微量の思考活動しか許されない頭で、神崎は打開を求めた。
 唯一のイメージ、両手のナイフによる刺し違え。だがそれは違うと、彼の脳は否定していた。単純が成功する程度の化物で無いことが、理性を越えて伝わっている。しかしそれ以外の術など、神崎の手には残されていなかった。
 じりじりと距離を詰められながら、神崎はいよいよ相打つ覚悟を固める。それは即ち、命を諦めること。生物としての本能に抵抗して、彼は最後となる方向転換、攻撃へ転じる壁蹴りを行い――それが目に入った。
 それを発見した瞬間、神崎に生まれたささやかな希望。死ぬことが前提の反撃ではなく、勝利への反撃。刺す、刻む、倒す、殺す。新たなイメージが一瞬で思考を染め上げ、急き立てた。
 『女王』に向かって神崎は右手のナイフを大きく縦に振り上げ、同時に背後の壁に突き刺さっていた数本の投げナイフを加速度発生によって発射させた。神崎の脇を通り過ぎたナイフは期待通り『女王』の身体目掛けて直線に運動し、彼女は回避運動と振動加工による破壊を行わざるを得なかった。
 発見した投げナイフによって生じた、僅かな隙。それは明らかな勝機だった。腕力と魔力、両方を限界まで込めて神崎は放つ。敵の首を掻き切る、左手の一撃を。
 不思議な手応えの後、噴き出した鮮血。
 勝った……!
 安堵と達成感に包まれながら彼は微笑み、息絶えたはずの『女王』がそれに微笑み返す。
「あ……」
 神崎は違和感に左腕を上げる。肘の内側に入った歪な亀裂から、止め処無く血が噴出していた。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part16

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://longstraight.blog79.fc2.com/tb.php/447-0bdcdaa6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | HOME | 

FC2Ad

 

『Respective Tribute』

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

kuroron

Author:kuroron
黒髪ロングストレート好きの20代メンヘラです

目撃者数

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。