不思議の国の軟体鉱物

2017-05

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『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part16

 前→「スカーレット・ドレス」 Part15

 痛みに気付いた瞬間、彼の全てが溢れ、決壊した。
 神崎は泣き叫んでいた。千切れかけた左腕に絶望し、叔父の無念を果たせなかったことに絶望し、自らの死が確定したことに絶望し、彼は泣き叫んでいた。泣き叫ぶことしか、出来なかった。
 無力な敗北者となった神崎に、『女王』がゆっくりと歩み寄る。
「来るな……来るなっ!!」
 『女王』を近寄らせまいと、神崎は残った右手のナイフを遮二無二振り回す。その醜態とも言える姿を『女王』は憐れむように見つめた。
「陰島に勝るとも劣らぬ速度、中々のものであった。ナイフの投擲や判断力も悪くない。主同様、君も戦士だったのだろう」
 陰島の名前を聞き、神崎は右腕を止める。荒い息を吐きながら、ゆっくりとその腕を下ろす。
「だが、最後の最後で君は成り下がった。私が先ほど切り殺して来た者どもと同じ、怯える動物に。恐怖、生物の衝動を己が理知と感情で克服してこその人間であると思うが……どう思う神崎」
 高々と、『女王』の右腕が振り上げられた。
「答えてくれないか、どうか」
 抗い切れない恐怖の中、神崎は走馬灯のように彼の顔を思い起こす。
 叔父。魔導士となったが故に向けられた些細な奇異の視線、その孤独を理解してくれる唯一の人間だった。非常識な人柄で、だからこそ魔導士という特性を楽しんでいたように今は思える。
 遠くの国で魔導士が戦争に参加しているという話をとても楽しそうに語っていた。『女王』の記事を経済雑誌で発見する度に魔導士としての彼女を賞賛していた。物語に夢見る少年のように、いつ訪れるかも分からない戦いに備えていた。その準備に半ば強制的に付き合わされ、もし今回の件が無ければ2人で遠くの戦場に行っていたかも知れなかった。
 孤独を理解してくれた人は、常軌を逸しようとしていた。特別な力を得たことで、自分を特別な存在にしようとしていた。それに散々付き合わされて、でもそれは嫌じゃなかった。その先にあるのがくだらない結果だと分かっていても、叔父と一緒なら楽しめたはずだった。
 だが、今のこの状況は一体、何だ。
 くだらない結果とは、人間そっくりの化物に片腕を引き千切られる事などでは無い。想像していた結末には、叔父が殺されるイメージなど微塵も無かったはずだ。
 おかしい、おかしい。神崎の認識が違和感で混濁し始める。
 普通に考えるのなら、叔父上のおかしな誘いなど一笑に付されて然るべきもののはずだ。それなのに、その結果がこれだ。何人死んだ? これから何人死ぬ?
 幻想に浸った初老の魔導士も、哀れな雇われ警備兵も、そして俺もこれから殺されるんだ。もしかしたらあの白鳥の騎士も女狙撃手も不思議の国のアリスも、みんなみんな殺されるかも知れない。
 一体何なんだ、これは。
 違和感によって恐怖が和らぎ、違和感によって怒りが押し出されていく。不可解、理不尽、笑うことの出来ないナンセンスが目の前にいること。その違和感に、彼は当初の心を取り戻しつつあった。
 そうだ、全てはこの女が悪いんだ。何もかも夢物語で良かった。現実と幻想は区別するものだった。なのに、だ。聞くところによれば、この『女王』が魔力の発生源を支配しているらしいじゃないか。そのせいで夢物語に手が届いてしまった。遊びで充分だったもの、笑うべきだったものが現実となったんだ。
 そんな自分自身がもたらした魔力ある世界で行うのが、あろうことか殺戮だと?
 許すか、許してたまるか。何を泣き叫んでいたんだ、俺は。
 ぶっ殺す。人間は怪物の玩具じゃない。本来ならば怪物こそ、夢想する人間の玩具だったはずだ。ぶっ殺す。殺してやる、殺してやるさ。腕は2本ともまだ、俺と共にあるのだから。
 もはや生物的衝動は人間的衝動に塗り潰され、神崎は泣きながら笑みを浮かべた。斬首の腕を掲げたまま、『女王』は喜びを示すように歯を見せる。
「神崎、君は人間だ。そして、戦士だ」
 その言葉と共に振り下ろされた彼女の腕は、しかし突然、運動方向を横へと変更し、何かを払いのけた。
 『女王』が払ったのは、ナイフを握った神崎の左腕。もはや握力など無い程に断裂した腕による攻撃、それは神崎に許されていた魔力の慈悲。他者の肉体には不可能でも、自分自身の肉体に関しては魔力を発生させることが可能である。それが彼の神経網に少しでも繋がっている限り、細胞は彼を忘れない。
 神崎の左腕は彼の魔力によって『女王』の右側を攻撃し、他者の肉体故に『女王』はそれを己の腕で防ぐ他無かった。そうして生まれた最後のチャンスを、神崎は有効に活かした。
 右手のナイフに全体重と魔力の加速度を加え、『女王』の心臓へと突き出す。『女王』は左の人差し指と中指で刃を挟み込み、その一撃を制止させた。しかしその力は弱く、均衡は今にも崩れそうであった。
「この刃……これも魔力遮断素材かっ!」
 左胸にナイフの先端が迫る中、驚きとある種の感心が込められた声を『女王』は上げる。
「用意周到なものだな、神崎。確かにこれは私の魔力を妨害する。なるほど、簡単には砕かせてくれないということか」
 嘘だ。神埼には分かっていた。所詮、付け焼刃なのだ。怪物の暴風に小賢しい備えは無力である。
 それでも、全くの無意味では無い。
 歯をギリギリと噛み締め、神崎は力の限りナイフを押し出そうとする。刃の先端はあと僅かで敵の心臓に――だが、そうならないことも予想していた。
「……早く折ったらどうだ、『女王』」
「言われずとも」
 次の瞬間、『女王』の指に挟まれたナイフに亀裂が走り、金属音と共に刃は折れた。
 すかさず、神崎は力の方向を下へと変える。刃が折れたことで2本指の拘束から解き放たれたナイフが、『女王』の掌に深々と切り込んで行く。
 勝利の喜色を浮かべていた『女王』の表情は一変した。苦悶の滲んだ顔で振り下ろされる、彼女の手刀。神崎は折れたナイフを肉から抜き、再び『女王』の心臓目掛け全身全霊を込めて突き出した。
 鈍い音と共に、神崎の脊椎が砕かれる。彼の右腕は血の染み出る『女王』の左手によって抑えられ、折れたナイフの断面は彼女の心臓から数cmの地点で止まっていた。
 床に倒れ込んだ神崎。罵詈を浴びせようと口を開くも、大量の出血と致命的な骨折により叶わなかった。
「終わりだ、神崎。とても痛かったが、楽しかった。畏れ入った。主の敵を取ろうと、命すら顧みず……恐怖心を乗り越え、折れた刃を振るった。君は比類なき魔導士に相応しい、比類なき忠臣であった」
 朦朧とする意識の中、彼は何故かローエングリンを想った。自分が為せなかったことを、為してくれるだろうか。この女を、殺してくれるだろうか。
「ありがとう、神崎」
 彼は最期に託した。誰にも届かぬ思考で、願いを。
 首根っこを切り裂く、細い指。意思は噴血によって、何処へと無く掻き消えた。

 次→第7章「嘘」 Part1

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