不思議の国の軟体鉱物

2017-08

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『Respective Tribute』 第7章「嘘」 Part9

 前→「嘘」 Part8

 腹部からの出血を腕で押さえながら、ホンシアは屋根瓦の上で身体を丸めていた。
 くそ……くそっ!
 痛みに耐えるだけで精一杯の彼女は、悔しさを口から漏らすことも出来ない。最大の機会を目の前にしながら、あまりにも無力な自分。狙撃手として多くの命を撃ち殺してきた末路がこのような死に様であることを、彼女は毛頭受け入れられなかった。
 復讐の中で彼女は見出していた。人を撃つ達成感。魔導士としての優越感。自分がそれらを感じていることに嫌悪を覚えながらも、その快楽があったからこそ彼女はここまで来れた。死に向き合う恐怖から逃れることが出来た。
 恐怖への勝利が、彼女を『女王』まで導いた。
 あと一歩。頂点を撃ち抜けば、もはや撃つべきものは無い。全ては終わるはずだった。その先に、夜明けが待っている。殺人の恐怖からも狙撃の快感からも解放される朝。命と自信だけを残した、無垢な夜明けが。
 しかし今、その夢は潰えた。日没の朱色の中、命も自信も奪われて。
 足音が聞こえ、ホンシアは必死で顔を上げた。最も大事なものを奪った敵を見るために、必死で。
 敵の足、脛、幼さの感じられる膝――レースの付いた透け感のあるワンピース状の下着。とても刺客とは思えない姿。彼女はさらに上を、その顔を見た。
「ぁ……」
 驚きは声にならなかった。こげ茶色のショートヘア。幼い顔立ち。ガラス玉の瞳。夕日に照らされたその顔は、あの日に出会った少女。アリスの友人。
 ――ベイビードール。
 あのクマを模した特徴的な格好はしていなかったが、下着姿のそれは間違いなく彼女であり、そしてその右手は血で汚れていた。
 ホンシアは思い起こす。高級な電子ボードを持った、異様な風体の少女。彼女は結局の所、何者だったのだろうか。何故、「偶然にも」あのカフェにいたのだろうか。
 その答えが、目の前にあった。
 どうしてあの時、気が付けなかったんだろう。アリスの友達なら『女王』と面識があってもおかしくない。『女王』の命令で、自分を監視している敵であると、それくらい、想像できても良かったはずなのに。なのに、どうして私は――
 ベイビードールがしゃがみ込み、ホンシアの顔を覗く。彼女は悲しそうな目付きでホンシアを見つめ、「ぐぁ……」と寂しげな声を出した。
 どうしてあの時、ベイビードールを敵と考えなかったのか。今にも泣きそうな彼女の表情から、ホンシアはその理由を理解した。
 考えたくなかった、それが答えなのだと。
 自分が殺しの道を歩み始めた18歳、それよりも遥かに幼い姿の少女。クマの着ぐるみを着ていた奇妙で無垢な少女。そんな少女が敵である事を、ホンシアの脳は想像出来なかった。想像するのを拒否した。
 彼女は信じたかったのだ。少女の純粋を。
 腹を貫かれてもなお、ホンシアはそれを信じたかった。ベイビードールが本当に悲しんでいることを。望んで自分を殺したのでは無いことを。
 だからホンシアは微笑み、首を振った。泣かなくて良い、アナタは悪くないから――そう伝えるために。
 それが伝わったのかどうなのか、ベイビードールは「があぁぁぅ……」と悲しい泣き声を発し、やがて居たたまれなさげに俯いた。
 果たして、どんな葛藤の末にベイビードールはその手を血に染めたのか。ホンシアはその心情を推し量ろうとしたが、痛みの中で朦朧としつつある思考には無理な仕事だった。唯一思い浮かべることが出来たのは、恐れと決意の狭間で弾丸を放った、最初の射殺の記憶。初めて人を殺した記憶。
 あの時の自分はここまで悲しい顔をしていただろうか。ホンシアにはその自信が全く無かった。狙撃が成功した瞬間には達成感と解放感が心を満たしていて、悲しむ理由なんて皆無だったのだから。
 それが、この末路への第一歩。あの日、ホンシアは少女では無くなっていた。
 だけど、この子はまだ大丈夫――
 ベイビードールは俯いたまま、未だ狙撃銃を握っていたホンシアの右手を解き始めた。見た目よりも遥かに強いベイビードールの力に抵抗できず、ホンシアは銃を取られてしまう。そして空いてしまったその手に、代わりの何かが握らされた。
 ホンシアの指に触れたのは、ビニールのような物に包まれた何か。彼女がその正体を確かめようと手を開く前に、ベイビードールが立ち上がった。狙撃銃を抱え、ホンシアの視線から逃げるように目を伏せ、少女は静かに立ち去って行く。
 瀕死となり狙撃銃も奪われたホンシアは、もはや戦力では無い。よって、ベイビードールの任務は達成したに違いなかった。
 ホンシアは手を開き、狙撃銃の代わりに貰った物を確かめる。
 ビニールに包まれた飴玉3つ。それが、ベイビードールの想いだった。
 激痛に耐えながら、ビニールを解き、その3つを一気に口中へ入れるホンシア。
 甘い……か……
 その甘味によって、ホンシアの痛みがほんの少しだけ和らぐ。僅かに生じた、生きる余裕。
 まだ私……死んでないんだよね…………
 ホンシアはゆっくりと身体を起こし、腹部の傷を確かめる。出血は多いが、幸運にも傷の位置自体は致命的では無いようだった。まるで、故意に逸らしたかのように。
 もしこのまま動かずにいれば、命だけは助かるかも知れない。だがその選択肢を選ぶことを、彼女は許せなかった。
 ホンシアは分かってしまったのだ。たとえ生き残ったとしても、もはや自分はベイビードールのような少女には戻れないことを。そして死んでしまった者たちを――雇い主である陰島、その秘書である神崎、自分と同じく雇われた幾人の兵士たちを――無視して生き延びる罪に、自分が耐えられないことを。
 ホンシアはズボンのポケットから小さな短銃を取り出し、立ち上がった。意識は朦朧としている。腹部からは血が流れ続けている。眼下の中庭では『女王』が背を向けている。その先ではローエングリンが息も絶え絶えに、壁に倒れ掛かっていた。
 最悪の危機、絶好の機会。その両立の中、ホンシアは銃を構え、狙いを定める。
 まだ……やれる……!
 『女王』までの距離は50m程度。狙撃銃ならば確実に命中できる距離だったが、短銃で狙える距離では無い。それでもホンシアは諦めること無く集中した。相手を見据え、銃と腕を魔力による加速度で固定し、精神を統一して。
 彼女は残った全てを用い、慎重に狙いを定める。魔導士としての、狙撃手としての自分全てをその1発に託すかのように。選んでしまった道を、もう二度と後悔しないように。
 人生で最後に殺したい相手へと向けた銃。その弾道が完璧に『女王』を捉えたと確信した瞬間、合図であるかのように風が弱まった。狙撃手としての感性に押され、ホンシアは無意識に引き金を引いていた。
 意識と命と誇りの全てを込めた、直線軌道の弾丸。それが真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに、『女王』に向かって――

 次→「嘘」 Part10

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