不思議の国の軟体鉱物

2017-05

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『Respective Tribute』 第9章「バールのようなもの」 Part7

 前→「バールのようなもの」 Part6

 天井と床の衝突。轟音。倒壊から逃れた2人が中庭へと飛び出る。
 再びの攻防。アリスの攻撃、ルーシーの回避。幾度も繰り返され、それでも埋まらない距離。
 圧倒的な紙一重を越えるため、アリスは記憶を手繰る。眼前の到達点から集中を削ぐこと無く、疲労の中で脳裏に浮き上がってくる光景と言葉を受け止める。
 もう少し頭を使った方が良い――薄い霧に包まれて、ローエングリンが言った。
 確かに他人の心は分からないけど、だから人と話すのって楽しいんだと思う――夜の空で、ホンシアが言った。
 届かない理由。自分に欠けている何か。アリスはバールのようなものを振り回しながら、想起に答えを求め続ける。
 アリスったら乱暴なんだから――置いてけぼりにしたエルザの声。
 行かないで――今朝の、奈々子の顔。

 思い出される全ての言葉が、自分に向けられていた。
 思い出される全ての表情が、自分に向けられていた。
 避けられる薙ぎ払い。微笑むルーシーの顔は、アリスを見ている。
 大切な人々との記憶。今のアリスを支える、力の源流。そこに欠けている、何か。
 届かない、理由。
 ――答え。
 
 アリスがそれに辿り着いた瞬間、バールのようなものは左から右へ、力尽きたように弱々しく空を撫でた。
 致命的な無防備。一瞬で攻勢に転じるルーシーが、アリスには見えた。
 
 そう、見えていた。
 
 それは紙一重の一撃だった。
 前方に加速し、右手を突き出すルーシー。
 右から左へ向かい、出しうる全ての加速度で以ってバールのようなものを振るい、その勢いで身をかわすアリス。
 激突。飛び散る血液。そして――

 アリスは、自分が泣いている事に気が付いた。
 自分に欠けていたもの。ルーシーに届かなかった理由。
 足りなかったのは、目の前にいる者の意思。たとえ理解することが難しくとも、たとえ正しく受け止めることが出来なくとも、意思はそこにある。そして今という瞬間は、その場にいる全ての者の意思によって成り立っている。
 望むべき一瞬を得るためには、自分独りの心だけでは不十分だった。目の前にいるルーシーの意思がそれを妨げる限り、アリスは決して届くことが出来ない。
 だから彼女は、ルーシーの意思を引き寄せた。
 自分が相手を見ているように、相手もまた自分を見ている。それに気付けたから、アリスはルーシーの意思を引き寄せることが出来た。アリスの記憶に残る数え切れない意思の痕跡が、それに気付かせてくれた。
 アリスの中で溢れ出す、大切な思い出への、愛しさ。
 言葉に出来ないそれは、ただ涙となって、彼女の頬を流れる。

 ルーシーに届いた、アリスの一撃。
 その強打を左脇腹を喰らったルーシーは、苦悶の表情を浮かべていた。微笑みなど微塵も残ってはいない。アリスの一撃が、それを砕き切っていた。
 疲れきったアリスの放った、力無き一振り。それはルーシーにとって好機でしか無かっただろう。しかしアリスにとっては、その思考こそが必要な要素であった。
 回避から攻撃に転じ、力の方向を変化させたルーシーの意思。それが、アリスの一撃を届かせた。
 それは両者の力が織り成した結果であり、アリスの何かがルーシーに勝ったわけではない。だが理解と敬意を謳った『女王』は、少女の考えを読むことが出来なかった。
 それが事実であり、それが戦いの結論であった。
 アリスの両手に伝わる、到達。大切な人々との記憶が、ルーシーの反撃が、アリス自身の意志が、彼女をそこに導いた。
 彼女の願いは、彼女に関わる全ての精神によって叶えられた。

 次→「バールのようなもの」 Part8

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