不思議の国の軟体鉱物

2017-08

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『Respective Tribute』 第9章「バールのようなもの」 Part8

 前→「バールのようなもの」 Part7

 涙を拭うことも無く、アリスはただじっと、その余韻を感じている。
 達成。勝利。証明。夢物語でしか無かった全てが、そこにあった。
 そして、それを断ち切るように、震える声。
「見事だ……アリス」
 ルーシーの言葉。賛辞。アリスは我に返る。遅すぎた。
 血塗れの、傷付いたルーシーの左手が、しっかりとバールのようなものを自身の脇腹に押さえつけていた。引き離そうと力を込めたアリスの両手首に、痛みと線が走る。
 噴出す血、抜けて行く力。ルーシーの右手が、さらに下方を薙ぎ払う。アリスの両足首から、鮮血。
 両手両足を一瞬で切られ、アリスは後ろに向かって倒れる。初めてルーシーと戦ったあの日と、同じ痛みを感じながら。
 地面との衝突。意識を痛みが塗り替えて行き、全てが逆転する。
 仰向けに倒れたアリスは首に力を込め、必死に前を見ようとする。眼に映ったのは、自分を見下ろす血塗れのルーシー。その姿がアリスに死を連想させ、そのイメージが彼女の思考を覆い始める。
 血の色。醜悪な傷口。彼女はふと、この館の入口で目にした真っ赤な物体を思い出す。肉のような、いや、あれはまさに肉だったのだ。ルーシーに殺された、誰かの肉片。
 アリスは予感し始める。それが、自分の未来なのではないかと。
「油断した、いや違う。君が私を引き付けたのだ。君の力が私を誘導したのだ」
 恐怖が、迫る。恐怖が、込み上げる。自身の内外から襲い来る暗黒に、アリスは血を流しながら震えるしか無かった。
「私は君の一撃を脇腹に受けたが、その攻撃があったからこそ、私は君に決定的な傷を負わすことが出来た」
 痛みの先にある、未知なる死の不安。それは喪失の予感。死んでしまえば、自身の記憶は全て失われる。アリスには絶対に耐えることの出来ない、それどころか耐えるべき自我すら消えているのでは無いかという、想像すら出来ない恐るべき状態。他者の心よりも深淵にして、理解の出来ない境地。
 それこそが、彼女にとっての死であった。
「さて、この先だが、アリス。勝負は決した。君に私を殺すことなど出来ないが、私は君を殺すことが出来る」
 遠くから、規則正しい雑音が聞こえて来る。何かが迫っている。雑音が次第に大きくなる。
「しかしアリス、私は君を殺さない」
 その言葉に、アリスは耳を疑った。自分が殺されない。迫っていたはずの死が恐怖の形を崩し、彼女の中でもっと複雑な異物へと変化して行く。
 何もかもが不鮮明な、思考の渦。自分の中にありながら、理解の出来ない感情。どういうことなのか、どうすれば良いのか。それらを解決する言葉がルーシーの口から発せられる。
「何故ならアリス、君が私を殺そうとしなかったからだ」
 その言葉が、アリスの思考を打ち砕いた。
「わからない、何故なのだアリス? 何故君は他の者のように、私を殺そうとしなかった?」
 アリスには、理解出来なかった。
 私は、殺そうとしなかった――?
 していなかった――?
 違う――違わない――?
「君の敵意は確かだった。私を倒そうとする意志は紛れも無く、とても強く明確なものであった。それなのに、君からは私に対する殺意が全く感じられなかった。私の生死など、まるで眼中に無いように」
 殺す――殺すって、何?
 殺された――ローエングリンもホンシアも――どうやって?
 血塗れ――いやだ――考えたくない。
 考えたくない。
 考えたく、ない。
「何故なのだ、アリス。何故君は、私を殺そうとしなかった!? 君が大事だと言った者たち、その命を奪った私に、何故君は殺意を向けなかった!?」
 考えたくなかった。
 そんなこと、考えたくもなかったのよ。
「君は、感じ取ったのか? 私が望んでいないことを。もし君にその意志があったならば、私は対等であるために君を殺さなければならない。だが、私は――――」
 ルーシーの声を掻き消すほどの雑音。天空からの光。
「……君の迎えのようだ、アリス」
 2人を照らしながら、ヘリコプターが中庭へと舞い降りる。それは天使と言うには機械的過ぎて、天国への階段と言うには眩し過ぎた。しかしその機体から降り立ったのは、アリスにとって救済でしかなかった。
 彼女の目が捉えたのは、ここに来るはずの無い女性。
 今日の朝に別れ、今日の朝に約束した。その約束を、アリスは破ろうとしていた。
 そんな自分の前に、彼女が現れた理由。アリスには分からない。
 もはやアリスには、何も分からない。
 それでも――それでも彼女にとって彼女は――奈々子は――
 奈々子はアリスにとって、大切な存在でしかなかった。

 次→「バールのようなもの」 Part9

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