不思議の国の軟体鉱物

2017-10

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『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part6

 前→「スカーレット・ドレス」 Part5

「迎撃準備は進んでいるか?」
 神崎は扉を開くと同時に言った。扉の先は書斎へと続く廊下、そこに待っていたのは全身を白に染め上げたローエングリンだった。
「へぇ……それがお前の本来の姿ってわけか」
 黒かった髪の毛は白くなり、全身を覆う革製らしき衣服、ブーツまで真っ白である。白くないのは肌と眼と、鈍く光る刃のみ。
「俺に与えられた、正装だ。『女王』と戦うのに相応しい姿は他に無い」
「志気が高まるのなら何でも良い。それで、準備の方は」
「狙撃手の配置は間もなく完了する。それ以外の兵も指示通り、3人1組で待ち伏せの準備に入っている」
「各兵の交信状況は?」
「良好だ」
「ホンシアたちは?」
「近くまで来ているようだが、間に合うかどうか分からない」
「頼れそうにないな……」
 洋館までの飛行中、自分なりに最善を尽くした指示を通信連絡したが、神崎は一抹の不安を覚えていた。
 3人1組での行動――集団で一斉に迎撃を行う手もあったが、『女王』があのか細き豪腕で1人でも殺したならば、恐怖が一瞬にして伝染し混乱は確実だと予想された。それよりも狭い廊下での待ち伏せを複数用意して、『女王』の動きを束縛した方が良い。神崎はそう判断した。
 各所に設置された監視カメラで『女王』の位置を捉えつつ連携すれば、狩りのように追い込み、『女王』を仕留めることが出来るかもしれない。たとえ『女王』といえども、手の平で転がされては無力なものだろう。
 だがそれら全てが無意味になる予感を、神崎は払拭することが出来ないでいた。高速で走る乗用車1台を難なく破壊したあの力に、果たして不可能などあるのか。
 『女王』の可能性が脅威となって、神崎の不安を煽り立てる。
 頭を振り、神崎は冷静を保とうと務めた。自分の主人が今まさに戦っているのだから。紛れも無い化物にたった1人で立ち向かっているのだから。
 神崎はローエングリンの横を通り過ぎ、書斎へと入った。部屋の片隅に置いてある服と十数本のナイフ、神崎のための装備。
 神崎はナイフの1本を取り、握り締める。主の無事を祈るように。戦う勇気を得るように。
 震える手が治まるまで、神崎は無言でそのナイフを握り続けた。

 高速で突き出される『女王』の手を避け、払いつつ、陰島は後退飛行を続けた。
 直線に伸びる緩やかな傾斜の先には、目指すべき屋敷がある。振り返るまでも無い、このまま後ろ向きに逃げ続けることが出来れば目的は達成される。だがそのためには、前を向いて戦わなければならない。
 絶え間無く攻撃を続ける『女王』、彼女が狙っているのは恐らく陰島の両腕。それを掴まんと『女王』の2つの手は工業機械の如き無慈悲な正確さと速度で伸び来り、退き縮む。その熾烈な攻撃に、陰島は防戦を一方的に強いられていた。
 魔導士は自分自身に近い距離であればあるほど強い魔力を発生出来るが、例外がある。自分の以外の人体に対しては、大抵の場合魔力が作用しない。だからこそ陰島は『女王』の攻撃を魔力で緩和することが出来ず、また『女王』も陰島の骨や筋肉に対する致命的な魔力発生を行うことが出来ないのである。
 逆に自分の人体に関してはそのような抵抗が無く、魔導士は出し得る最大の加速度を加えた打撃を行うことが出来る。だが、それにも問題があった。
 陰島は『女王』の連撃を捌きつつ、それに伴う痛みに歯を食いしばった。魔力により加速した打撃の威力は自身への反動も大きくする。仮に『女王』が最大の魔力で拳を撃ち出したなら、陰島の胸部に大穴が開くと同時に『女王』の骨も粉々に砕けることだろう。たとえ『女王』の身体が人間以上に強固であろうとも。
 己に対する強い魔力は、諸刃の剣。自分が耐えられる範囲の力しか接近格闘においては用を成さない。そんな限界の中、自身へのダメージが少なくかつ相手へのダメージを甚大にする攻撃――それは衝突を行う打撃技では無い。
 相手の関節を破壊するための関節技こそ、主力だった。
 拳をぶつけるなどの打撃に対し、関節技は衝突の無い攻撃。即ち、攻撃者への反動も皆無。最大の加速度で以て攻撃しても、自身は当然耐えることが出来る。
 『女王』の動きは、明らかにそれを狙っていた。
 腕が掴まれたなら最大の力で捻じ曲げられ、指先一つ動かせなくなる。そうなった場合『女王』を攻撃することはおろか、もはや防御すらままならない。
 間違いなく、殺されるのだ。
 それを防ぐために、陰島は必死で防御に徹した。攻撃を考える余裕は無い。攻撃に転じようとした瞬間に、どちらかの腕が死ぬのだから。
 緊張と焦りによって鬼のように歪んでいる陰島の形相に対し、『女王』の表情は見るからに喜びを湛えていた。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part7

『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part7

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「素晴らしいぞ、陰島」
 猛攻を続けたまま、『女王』が陰島に語りかける。
「私の攻撃をここまで跳ね除けるとは、恐れ入った。私の知る人間の中でも、君ほどの人間は5人といない」
 つまり、他にもいると言うことか。陰島はそう思いつつも、防御に手一杯で口に出す余裕は無かった。
「予想以上だ。1対1で戦えて、本当に良かった。勝利の喜びも、人間への更なる敬意も、君という人間の記憶も、何もかも得られる戦い。私がより高く、高く、高く、高く望みへと昇り、自由で、自由であるための力となる戦い、そう、まさにこれこそ、その戦い、その戦いなのだっ!!」
 爆発する狂喜の笑い。敗北を考えていないその全てが、陰島を不快にさせた。
 思わず我が身を省みずに反撃を考えてしまう程、陰島の我慢は限界に達していた。それを押しとどめたのは、左右を通り過ぎた洋風の門柱である。
 陰島と『女王』は示し合わせたかのように同時に飛行速度を緩めた。陰島の目の前に見える門、それは屋敷へと辿り着いたことを示していた。
 極限の中、陰島は神埼との約束を守り通したのだ。
「おめでとう、陰島。私の攻撃に耐え、仲間の待つ場所へと至ることが出来た事、真に見事だ」
 なおも攻撃を緩めない『女王』の賛辞を聞き流し、『女王』の腕を手刀で捌きながら、陰島は周囲の建物に目を配る。建物の2階、狙撃手が窓から狙いを定めている姿を必死で探した。
 神崎が命令通りに狙撃手を準備したのなら、この絶好のチャンスに『女王』の脳天を貫かんと銃身を突き出している者が必ずいる筈である。それなのに、何処にもそれが見えない。
 唯一見えたのは、窓からだらりと垂れる、人の腕。
「どうした陰島。注意力が散漫して、眼が泳いでいるかのようだぞ」
 悪戯めいた悪意が込められた声。陰島の眼は『女王』の表情へ焦点を合わせる。
「陰島、先ほども言ったが、私は勇敢でも無ければ、愚かでも無いのだよ」
 嫌らしげな微笑、それが狙撃班の全滅を告げていた。
 陰島は完全に理解した。『女王』は多勢に無勢で挑むほど勇敢でも無ければ、愚かでも無い。如何に自分が一騎当千の強者であるかを大胆に示しつつ、その裏で部下を使って姑息に安全を確保する。その手法はまさしく、投資家としての彼女の手法そのものであった。
 全身の毛が逆立つような感覚、湧き上がる憤怒に眩暈すら覚える中、陰島は速度を増して『女王』の腕を叩き、『女王』もそれに合わせて攻速を高めて行く。その反動を踏ん張るため、宙に浮いていた両者の足が地面に降りる。
「『女王』……私は腹を括ったよ」
 攻撃を受け流すのに手一杯で、口を開くことすら出来なかった陰島。しかし激しくなる応酬の中で、その口が言葉を呟いていた。
「貴女は私を助太刀する者が現れぬよう、手を尽くしたのだろう。決闘を誰にも邪魔させないように、あらゆる手を打っているのだろう」
 微笑んだまま、『女王』は肯定も否定も示さない。
「1つだけ、教えて欲しい。私と同じ車に乗っていた男は無事か?」
「ああ、無事だとも陰島。狙撃手と地下室にいた人間以外は、今のところ全て無事だ」
 その意外な言葉に、陰島は思わず手を止めてしまうところだった。
「私が一時撤退し、体勢を整える可能性を考えてないのか?」
「君はそのようなことはしない。そうだろう、陰島」
 ニヤリと笑う『女王』、陰島も不敵に笑い返した。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part8

『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part8

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「その通り、私はここで貴女を殺す。なればこその全速、全力、全霊、受けて頂きたい」
 そう言った瞬間、陰島が振るう腕から明確な形状が失われた。不退転の加速度発生。寸秒の停止すら無い陰島の攻撃は残像となって、『女王』の腕を狙う。
 それに対し『女王』はふふっ、と小さく噴出し、そして――
「アハハハハハハハハハハハッ!!」
 狂ったように笑い出すのと同時に、彼女の腕も形を無くした。
 静止すること無い腕の酷使、腕では無く運動に対する防御。一瞬でも気を抜いた瞬間、腕が破壊される修羅場。防御ですら自分の神経に激痛を与え、防御ですら相手の骨に亀裂を入れる。
 その中で彼らは、狂喜していた。
「素晴らしい、素晴らしいぞ陰島ぁぁっ!! 折れない程度の全力のつもりだが、これは人間の人体に耐えられる速度では無いはずだ!! 君の腕が悲鳴を上げて、私の腕がか弱く泣いていて、私は痛い、痛い、痛いんだよ陰島ぁっ!!」
 腕の激痛を無理矢理我慢していた陰島に、腕以外の新たな激痛が走る。それが左脚への打撃であると分かった瞬間、彼は右足の踵で『女王』の左足を踏みつけた。骨を砕く感触、骨が軋む鈍痛。その直後、気を失いそうになる痛みと共に左腕の感覚が消えた。『女王』の右手に掴まれた左腕、その関節が千切れそうに折れ曲がっていた。即座に残った右手で陰島は『女王』の左腕を掴み、全力で力を加えたが、『女王』の左手もまた陰島の右腕をしっかりと掴み返した。
 陰島の右と『女王』の左が拮抗する中、残された『女王』の右手がゆっくりと掲げられた。
「遺言はあるか、陰島よ」
 先ほどまでの狂乱振りが嘘のように、『女王』は静かに言った。
「……特には無いが、悔しいな」
 陰島の四肢はもはや満足に動かすことすら出来ない。『女王』の右手に殺されるのは、必至でしか無かった。
「そうか……ならば陰島、死ぬ前に1つ、こちらの質問に答えてくれないか」
「何だ……?」
「魔力……それはイメージに呼応して発生する力だ。だが、意識的に力を発生させることは知的生命体なら当然のこととも言える」
「何を……言いたい?」
 左腕の関節から流れる血。陰島は少しでも出血を減らそうと、腕の周りを加速度で圧迫した。
「魔力があろうと無かろうと、意思のある者は世界を自分の望む方向へ変えようとする。そしてそのための力が大抵の知的生命体にはある。そうなると、魔力とは人間にとって無駄なものなのかも知れない」
「……」
「どう思う、陰島」
 陰島は、いいや、と言いながら首を横に振る。
「魔力によって、私には多くの可能性が生まれた。そして可能性に無駄なものなど、ありはしない」
 それを聞いた『女王』は満足げな笑みを浮かべ、頭を垂れた。
「ありがとう、陰島。君は私が出会った魔導士の中で、最も敬意を払うべき者だ」
「その必要は無いよ、『女王』」
 陰島は、最後にコートのポケットの中で加速度を発生させた。ある物を起動させるための、力を。
「何せ、貴方も私も死ぬのだから」
 顔を上げた『女王』が、陰島の意味有りげな笑みを見て顔を引きつらせる。その表情に明らかな焦りの色が出ていることを確認した陰島は、まるで勝利したかのような満ち足りた達成感を感じた。
 決して余裕を失わなかった偉大なる『女王』の心を、陰島は乱すことが出来たのだ。他の誰もが届かなかったであろう人外の『女王』に、彼は届いたのだ。自分の命と引き換えとは言え、ただの初老の男が、紛れも無い王者に。
 勝利では無いかもしれない。だが、全くの無力でも無かった。彼には、それで充分だった。
 たとえ死の間際、残った右腕が『女王』から離され、胸部に強い衝撃を受け、『女王』が道連れにならないと知っても、その満足感は一片も失われなかった。

 轟音と共に、小型爆弾が陰島の肉体を爆砕する。
 『女王』は飛び散る肉片の一部を浴びながら、無様に立ち尽くしていた。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part9

『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part9

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「狙撃班、どうした、応答しろっ!!」
 神崎は小型の通信機に向かって怒鳴るような大声で言った。
「くそっ、どうして答えない……」
 通信機を操作し、神崎は通信先を狙撃班から監視室へと変更する。
「監視班、応答してくれ、監視班!」
 しかし、通信機からは何の反応も返って来ない。
「……まさか、監視室が占拠されたのか?」
 ローエングリンの言葉に神崎は青冷めた。
「監視室が……?」
 『女王』迎撃の要となっているのは、監視カメラ及び各班員からの情報を統括する監視室である。それが敵の手に落ちることは即ち、連携を前提とする迎撃体勢の崩壊を意味していた。
「ありえない、地下の監視室だって無防備なわけじゃ無いんだぞ」
「相手は間違い無く『女王』の手駒、強力な魔導士だ。事前に監視室の位置を知っていたならば、制圧されたとしても不思議は無い」
「だとしたら……狙撃班には何があった」
「勿論……」
 神崎は思わずローエングリンの胸倉に掴みかかってしまう。
「だとしたら、叔父上は……」
 最悪の事態を神崎が想像した瞬間、爆発音が2人のいる廊下に響く。
 何が爆発した音なのか、誰が爆発した音なのか。神埼は理解していた。
 爆発で何人が死んだのかは分からない。だが確実に死んだ1人の名を、神崎は呆然と呟いた。
「…………叔父上」
 見開かれた眼から、ゆっくりと涙が垂れた。
「畜生」
 涙を手で拭いながら、神崎はローエングリンに背を向ける。
「ローエングリン、俺は前の部屋で敵を待ち構える。お前はホンシアたちからの連絡を待ってくれ」
「無謀だ。『女王』が生き残っていた場合、死ぬぞ」
「……俺はなぁ、ローエングリン。お前のことをそれほど信用しているわけじゃない。叔父上がお前を信用していたから、信用しているだけだ」
 ローエングリンは無表情のまま、神崎の言葉を耳に受けている。
「そんなお前と一緒に戦っても、ろくに連携も取れずに共倒れになるのが目に見えている。それなら俺が時間稼ぎになって、その間にホンシアとアリスが来るのを期待した方が良い。そうだろ」
 首を動かす仕草も無しに、ローエングリンはこう返した。
「たった1人で稼げる時間など僅かだ。馬鹿な考えは止せ」
 ふふっ、と神崎は笑いを漏らす。
「おかしなもんだな、オイ。全速力で逃げるくらい怖かったはずなのに、今は自分の手であの女を殺さないと気が済まない気分なんだ」
「落ち着くんだ、神崎。『女王』が死んだ可能性だってある」
「落ち着け? 叔父上が死んだのに、落ち着いていられるわけが無いだろうがっ!」
 神崎は衝動的にナイフを右側に投げた。窓ガラスの割れる音と共に、八つ当たりの刃とガラスの破片が日の傾く中庭へと落下して行く。
「叔父上の死に身動ぎしないお前が俺の心配をするなんて、滑稽じゃないか。その心の中で雀の涙ほどは悲しんでいるのか? 関心があるのは『女王』だけなんだろ、お前は」
 背を向けたままの神崎に向かって、ローエングリンは静かに言った。
「……辛くないわけじゃない」
 神崎は俯き、しばしの沈黙の後、言った。
「……分かっている。叔父上は自分の意志で戦ったんだ。覚悟して戦ったんだ。お前だってそれが分かってるから、涙1つ流さないんだろう。だが俺は、許せない。あの女が、あの『女王』が許せない。もし生きていたとしたら、勝ち殺してやる。俺自身の意志で、殺してやる」
「負けて、死ぬかも知れないぞ」
「その時はローエングリン、済まない」
 神崎は両開きの扉を開き、書斎へと続く廊下、その入口を守るための小部屋へ入る。
「後は頼んだぞ」
 旅立つ者を見送るように、その背中を見つめるローエングリン。彼は「わかった」と寂しげに言った。
 神崎はその声調に僅かばかし、涙を堪えているような感じを受けた。気のせいだな、と笑いつつも、彼はそう聞こえたことが少し、嬉しかった。
 肩を並べて戦う気にはなれなくとも、後を任せるには足りる男。ローエングリンをそう思えることが出来そうだったから。
 神崎の後ろで扉が閉まる。覚悟を決めた敵討ちが、開始された。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part10

『Respective Tribute』 第6章「スカーレット・ドレス」 Part10

 前→「スカーレット・ドレス」 Part9

 地下の監視室で揺れを感じたカレンは、耳飾りのスイッチを入れた。通信機を内蔵しているその飾りから、荒い息遣いが聞こえて来る。
「ご無事ですか、『女王』」
「当然だ」
 万が一に対する不安を払拭出来ないでいたカレンは、その言葉にひとまず胸をなで下ろす。だが収まったその不安は、続く『女王』の言葉で再び慌ただしくなる。
「……とも言えんな。手酷くやられたのだから」
「どこかお怪我を!?」
 驚いて大声を出すカレンに、『女王』は「静まれ、耳が痛い」と不快そうに呟く。
「予想以上の相手だった。左足と左腕の骨にひびが入っているのは間違いない。陰島を蹴り飛ばした右足にも違和感を感じる。それに両腕の疲労もかなりのものだ。私の慢心だけではない、陰島は実に恐るべき人間だった」
 同族の最強が語った賛辞。カレンは認めたくなかった。
「いいえ、陰島は幸運だっただけです」
「彼を侮辱する言葉ならば許さぬぞ、カレン」
 耳飾り越しの威圧に、カレンは思わず身を竦めてしまう。
「我々には兵器として作られた体がある。だが、あの男は違った。自らの意志で戦うための力を高めたのだ。決して誰かに仕組まれたものではない」
 ふっ、と皮肉げな笑い声。
「与えられた力を行使する私よりも、遥かに『自由』だ」
「そんなことはありません、『自由の女王』たる貴女こそが――」
「概念というものにおいて、我々は人間には勝てないのだよっ!!」
 カレンの声を遮り、『女王』の怒声が振るわれる。
「人間に、人間の精神に敬意を払えカレン!! 私でさえ死にそうになった、君もいずれ知ることになるだろう、その偉大さ、素晴らしさ、可能性っ!!」
「分かっています、落ち着いてください、『女王』!!」
 しばしば『女王』が見せるこのような様態に、忠実な部下であるカレンですら辟易していた。普段の神々しくもある姿とは一転して、まるで吠え立てる獣の如し。その時の目はいつだって遠くの何者かを見ているようで、それがカレンには我慢ならなかった。
「まだ敵は残っています、気を静めて下さい!」
「そうだな……その通りだ。勝負の余韻に浸り過ぎていたよ、カレン」
 大きく息を吐く『女王』の音。
「これから邸内の兵を殲滅する。サポートを頼む」
「了解しました。入口ホールは無人ですので、そちらから入って下さい」
 入口ホールに入った『女王』を監視カメラの映像で確認したカレンは、付近に待ち構えている敵の位置、人数、状態を伝える。「分かった」という応答と共に、『女王』の進軍が始まる。
 1階南側の廊下を映すモニター。通信不能になり混乱していた3人の兵士の前に、突如として『女王』が現れる。彼女は相手が気付くのとほぼ同時に1人の首を切り裂き、残った2人の銃を魔力で破壊する。哀れにうろたえる男たちは抵抗する術も無く、喉元から血を噴出し、倒れた。
 カレンはカメラ越しにその光景を見つめつつ、下腹部に熱を感じていた。
 凛々しく雄雄しい、麗しき『女王』の姿。他の者を近づけず、圧倒的な裁きにより愚者を血染めるその御姿。尊敬を刷り込まれている人間という存在よりも貴く、その力と理知を体現する超越者。頂点にあり、玉座にあり、最強にある我が主、女王の中の女王。
 新たに敵の情報をカレンが伝え、『女王』はそれに向かって動き出す。狭い廊下で待ち伏せる敵の上を飛び翔け、肉を裂き、銃を崩し、命を奪い。一連の動作は舞であるかのように滑らかで適確、そして止まる事が無い。
 敵意を向けられたならば、即座に屍を作るその動作。決まった形などない、相手のどんな動きに対しても適切に行われる殺人舞踏。恐怖に満ちた顔で壊れた銃を向ける者にも、目の前で倒れる仲間を呆然と見つめる者にも、逃げ惑おうと背を向ける者にも、全ての者に対して平等に、彼女の裁きは下る。向けた殺意に相当する、命の罰が。
 それらが自らの言葉と連動して行われることに、カレンは恍惚を覚えていた。『女王』と一体になっているかのような感覚、崇拝対象との融合。
 私の声と共にいつまでも舞っていて欲しい、か弱く愚かな人間たちをどんどん殺して行って欲しい。私たちが決して、模倣でも偽物でもなく、人間と同じ価値のある存在であると示して欲しい――
 カレンの中に沸き立つ願望、それは現実の声によって押し止められる。
「次は何処にいる、カレン」
 我に返ったカレンは、監視カメラの映像を確認する。モニター越しに見えている人影は『女王』を除き、全て死体。残る場所は、監視カメラが映さない3箇所だけ。
「残るは書斎、そこに通じる廊下、その廊下と東棟を隔てる小部屋のみです。監視カメラが設置されていないため、中の様子は分かりませんが」
「恐らく、ローエングリンはそこにいるだろう。陰島の秘書も」
「内部の状況が分からない以上、私が先に参ります」
「必要無い。それより、君はアリスとホンシアの到着に備えてくれ。邪魔をされたら厄介だ」
「……了解しました」
 不満げにカレンは答えた。
「君にはアリス、彼女にはホンシアを任せる。私の命が懸かっている仕事だ。頼むぞ」
「全力で、やり遂げます」
「では、以上だ。また会おう」
 『女王』との通信が切れると、カレンは床に倒れている死体を跨いで監視室を出た。
 自分と『女王』との時間を邪魔する者たち。陰島の一味、ローエングリン、アリス、その全てがカレンには憎々しかった。
 崇高たる存在に歯向かう愚かな者たち。誰も彼も血を噴き出して死んでしまえば良い。
 特に、アリス。『女王』の寵愛を受けながら、それを全く理解もしない馬鹿な娘。恥知らず。あの子だけは、必ず私が始末してみせる。
 『靴の女王』が誇る、この足で。

 次→「スカーレット・ドレス」 Part11

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